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マンション内で認知症が疑われる独居高齢者による徘徊やボヤ騒ぎ。こうしたトラブルに直面したとき、理事会はどこまで対応する義務があるのでしょうか。善意からの行動が、かえって法的なリスクを招くことも少なくありません。この記事では、区分所有法などの法的根拠に基づき、管理組合(理事会)の対応義務の範囲と限界を明確にします。
具体的には、緊急時に取るべき5つのステップから、絶対にやってはいけないNG行動、費用負担のルールまでを網羅的に解説。読了後には、理事会として次に何をすべきかが分かり、法的なリスクを回避しながら適切に行動できるようになります。一人で抱え込まず、正しい知識で着実に対応を進めましょう。
管理組合の義務は「共用部分の安全確保」が基本
マンション内で認知症が疑われる居住者によるトラブルが発生した際、管理組合(理事会)が負う義務の範囲は法律で定められています。結論から言うと、その主な義務は「建物の共用部分の管理」と「他の居住者全体の利益を守ること」に限定されます。個人の福祉サービスを代行する義務はありません。
また、マンション管理の適正化を定める「マンション管理適正化法」第3条では、管理組合の責務として「良好な居住環境の形成と維持」が求められており、これも共用部分の安全確保という観点から認知症関連のトラブル対応に間接的に関連します。
管理組合の役割は、福祉の専門家ではなく、あくまでマンション全体の安全と利益を守る「管理者」です。その権限と限界を正しく理解することが、トラブル対応の第一歩となります。
区分所有法で定められた管理組合の権限
マンション管理の基本ルールを定める「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」には、管理組合の役割が明記されています。
特に重要なのが、他の居住者の共同の利益に反する行為への対応です。
第六条 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。
(出典:建物の区分所有等に関する法律 第六条)
例えば、認知症の症状が原因で廊下やエントランスといった共用部分で危険な行為が繰り返されたり、火の不始末で他の住戸に被害が及ぶ恐れがあったりする場合は、「共同の利益に反する行為」に該当する可能性があります。
この場合、管理組合は行為の停止を求めるなどの対応を取ることができます。共用部分での危険行為が継続する場合には、区分所有法第47条に基づき、裁判所に対して不正使用行為の是正請求を行う権限もあります。しかし、これはあくまでマンション全体の安全を守るための措置であり、個人の専有部分(住戸内)での生活に直接介入したり、介護を行ったりする権限はありません。
高齢者虐待防止法における管理組合の位置づけ
「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法)」では、虐待を発見した場合の通報努力義務が定められています(同法第23条)。しかし、管理組合や理事会は、法律上「通報義務者」として明確に指定されているわけではありません。
管理組合は法律上『通報義務者』として明確に指定されていませんが、生命身体に危険が及ぶ虐待が強く疑われる場合は、人道的観点と高齢者虐待防止法第23条の通報努力義務の精神から、市区町村または地域包括支援センターへの情報提供が推奨されます。このとき、管理組合は「虐待だ」と断定するのではなく、あくまで「客観的な事実」を伝える「つなぎ役」に徹することが重要です。
認知症が疑われる居住者への具体的な対応フロー【5ステップ】
実際に問題が発生した際、理事会は冷静に、順序立てて対応することが求められます。パニックにならず、以下の5つのステップに沿って行動してください。
ステップ1:事象の客観的な記録
まず、何が起きているのかを客観的に記録することから始めます。感情的な表現は避け、事実のみを淡々と記録しましょう。
- いつ:年月日、時間
- どこで:マンションのどの場所か(例:3階廊下、ゴミ置き場)
- 誰が:対象となる居住者
- 何を:具体的な行動(例:大声を出している、廊下を徘徊している)
- どうした:目撃者や発見者がどう対応したか(例:声をかけた、管理員に報告した)
これらの記録は、後のステップで公的機関に相談したり、総会で方針を議論したりする際の極めて重要な基礎資料となります。議事録や報告書として、複数人の役員で確認しながら作成・保管しましょう。
ステップ2:緊急性の判断と初動(警察・消防への連絡)
次に、記録した事象が緊急を要するかどうかを判断します。
- 火災の危険がある(ボヤ騒ぎ、ガス臭など)
- 本人が怪我をする、または他人に危害を加えそうな状況
- 建物や設備に損害を与えている
上記のような緊急性が高いと判断される場合は、迷わず警察(110番)や消防(119番)に通報してください。これは管理組合の重要な責務です。通報の際は、ステップ1で記録した客観的な事実を伝え、認知症の可能性については断定せず「そのような様子が見られる」と伝えるに留めましょう。
ステップ3:総会での方針決定(専門家相談の承認)
緊急性のない問題が継続する場合や、今後の対応方針を固める必要がある場合は、理事会の独断で動かず、総会で諮ることが原則です。特に、弁護士やマンション管理士といった専門家に相談するための費用を支出するには、総会の決議が必要となります。
この場合、一般的には「普通決議」(区分所有者および議決権の各過半数の賛成)で可決できます(出典:区分所有法 第39条。ただし、規約に別段の定めがあるときは、この限りでない)。総会では、個人を特定した非難に終始するのではなく、「マンション全体の安全管理と資産価値維持のため」という観点で議論を進めることが重要です。
ステップ4:公的機関への情報提供と連携(つなぎ役)
理事会や総会で対応方針が固まったら、地域の専門機関に連絡し、情報提供を行います。管理組合は福祉の専門家ではないため、プロにバトンを渡す「つなぎ役」に徹することが肝心です。
- 地域包括支援センター:高齢者の総合相談窓口。介護、福祉、医療の専門家が在籍。
- 市区町村の高齢者福祉担当課:行政としての対応や、虐待が疑われる場合の窓口。
- 民生委員:地域住民の身近な相談相手。
これらの機関に連絡する際は、ステップ1で記録した客観的な情報を提供し、協力を要請します。
ステップ5:本人・家族への状況伝達と協力要請
公的機関との連携と並行して、可能であれば本人やその家族(親族)に状況を伝え、協力を求めることも重要です。
ただし、伝え方には細心の注意が必要です。
- 高圧的な態度や決めつけは避ける。
- 「ご本人がお困りのようなので、地域包括支援センターに相談してみては」など、あくまで情報提供の形で伝える。
- 家族がいない、または協力的でない場合は、深追いせずに公적機関への相談を優先する。
このステップは非常にデリケートなため、対応に不安があれば、事前に弁護士や地域包括支援センターに相談することをお勧めします。
管理組合が絶対にやってはいけない5つのNG行動
良かれと思って取った行動が、かえって法的なトラブルに発展するケースがあります。以下の5つの行動は、絶対に避けてください。
表が表示できない環境では、以下をリスト形式でご参照ください。
| NG行動 | 具体的なリスク |
|---|---|
| NG1:医学的診断や決めつけ | 「あの人は認知症だ」と理事会で断定したり、本人に伝えたりする行為。医師法に抵触する可能性や、名誉毀損で訴えられるリスクがあります。 |
| NG2:直接的な介護・見守りサービスの提供 | 理事会役員が交代で部屋を訪問して安否確認する、食事の世話をするなど。万が一事故が起きた場合、管理組合が安全配慮義務違反などの責任を問われる可能性があります。 |
| NG3:対応費用の個人への請求 | 専門家への相談費用や、汚損箇所の清掃費用などを、本人や家族に直接請求する行為。費用は総会決議を経て管理費から支出するのが原則です。 |
| NG4:個別な法的助言(弁護士法72条違反リスク) | 「成年後見制度を利用したほうがいい」「財産管理はこの方法で」など、具体的な法的アドバイスを理事会として行う行為。 弁護士法第72条で「弁護士でない者の法律事務の取扱い禁止」と定められており、①対価を得た場合は特に違反リスクが高まります。 ②たとえ無償であっても、理事会という団体的立場から個別の法的判断を示すことは避けるべきです。 ③不確実な助言が本人に不利益をもたらす可能性があるためです。 → 代わりに『地域包括支援センターや成年後見支援センターへの相談を勧める』に留めることが適切です。 |
| NG5:プライバシーの侵害 | 本人の同意なく、病状や家族構成などの個人情報を他の居住者や無関係な第三者に漏らす行為。個人情報保護法に違反し、損害賠償請求の対象となります。 |
【理事会として『可能』な情報提供】
- ✓ 「成年後見制度という制度がある」と説明すること
- ✓ 「市区町村の高齢者福祉課や地域包括支援センターに相談できる」と案内すること
- ✗ 「●さんの場合は成年後見が必要」と個別判断すること
- ✗ 「信託銀行を利用すべき」など具体的な商品推奨をすること
→ 分かりやすく:「制度紹介はOK。個別判断はNG」
また、障害者差別解消法の改正(令和6年4月1日施行)により、事業者に対する合理的配慮の提供が義務化されました。これに基づき、認知症を含む障害を理由とした差別的表現や対応を避け、適切な配慮を心がけてください(出典: https://www.kanrikyo.or.jp/report/pdf/gyoumu/hairyo_leaf.pdf)。
対応にかかる費用は誰が負担?総会での決議要件も解説
認知症トラブルへの対応には、弁護士への法律相談料や、場合によっては管理規約の改正費用などがかかることがあります。これらの費用負担と、意思決定のプロセスについて解説します。
費用は管理組合の予算から支出するのが原則
弁護士やマンション管理士への相談費用など、対応にかかる費用は、総会で承認を得た上で、管理組合の財産(管理費や積立金)から支出するのが原則です。
国土交通省が公表している「マンション標準管理規約」でも、管理組合の業務として「管理組合の業務に要する費用の徴収」が定められており、こうした対応は組合業務の一環と解釈されます。対象となる居住者個人やその家族に負担を求めることはできません。
専門家への相談は「普通決議」で可能
前述の通り、弁護士など専門家への相談費用を支出する議案は、通常、普通決議で決定できます。ただし、管理規約に特別な定め(「理事会の判断で一定額まで支出可能」など)があれば、それに従います。
管理規約の変更は「特別決議」が必要
将来のトラブルに備えて、「見守りに関する条項」を設けたり、「福祉担当理事」を設置したりするなど、管理規約そのものを変更する場合は、より厳格な要件が課されます。この場合は、原則として特別決議が必要です(区分所有法第31条)。ただし、ご自身のマンションの管理規約に『規約の変更要件』について別段の定めがある場合は、それに従う必要があります。必ず現行規約を確認してください。
表が表示できない環境では、以下をリスト形式でご参照ください。
| 決議の種類 | 必要な賛成数 | 該当する議案(例) | 法的根拠 |
|---|---|---|---|
| 普通決議 | 区分所有者 および 議決権 の各過半数 (ただし、管理規約に特別な定めがある場合はそちらが優先) |
・専門家への相談費用の支出 ・理事会としての対応方針の決定 |
区分所有法 第39条 |
| 特別決議 | 区分所有者 および 議決権 の各4分の3以上 (ただし、管理規約に特別な定めがある場合はそちらが優先) |
・管理規約の変更、廃止 (例:福祉担当理事の新設) |
区分所有法 第31条 |
トラブルを未然に防ぐための長期的な予防策
問題が起きてから対処するだけでなく、将来に備えた長期的な仕組みづくりも重要です。
マンション標準管理規約を参考にした規約改正
国土交通省の「マンション標準管理規約(単棟型)令和6年改正版」では、コミュニティ形成に関する条項がコメント付きで示されています(出典: https://www.mankan.or.jp/cms-sys/wp-content/uploads/2024/10/295c2e65eec3a5913fe200298a7a90b2.pdf)。
| (記載例) (マンション標準管理規約コメント 第24条関係①) 各居住者が安心して暮らせる環境を維持するため、災害等への備えや防犯、あるいは高齢者等の見守り・安否確認といった地域コミュニティにも配慮した活動(・・・)に、管理組合として取り組み、そのための費用を管理費から支出することも考えられる。 |
これを参考に、自分たちのマンションの実情に合わせて「高齢者の見守り支援活動」などを管理組合の業務として規約に明記し、その活動費用を管理費から支出できる根拠を設けておくことが有効です。
管理会社との連携強化と「見守り」条項の検討
管理会社との管理委託契約書に、日常業務の範囲内で可能な「見守り」に関する協力を盛り込むことも一つの手です。
例えば、「日常の清掃や巡回業務の際に、郵便受けに新聞が溜まっている、窓が開きっぱなしになっている等の異常を発見した場合、理事会に報告する」といった条項です。これにより、管理員が個人的な善意で動くのではなく、契約上の業務として異常を報告する体制を築けます。
国土交通省が公表する『マンション標準管理委託契約書』は、令和5年度(2023年度)改正で『認知症の兆候に気付いた場合の報告』を新たに通知事項の対象として追加しています(出典: https://www.miraikachiken.com/report/240404_report_01)。ただし、ご自身のマンションの現行契約書が当該改正に対応しているか確認し、必要に応じて管理会社に改正を求めることが重要です。現行の管理委託契約の条項を必ず確認してください。
個人情報保護と両立する緊急連絡先リストの整備
万が一に備え、居住者の緊急連絡先(家族や親族)をまとめたリストを整備しておくことは非常に有効です。しかし、これには個人情報保護の観点から細心の注意が必要です。
- 同意書の取得:『緊急時の連絡先情報記載に関する同意書』を書面で取得し、『本人の生命身体の保護、孤立死防止に限定する』旨を明記。
- 情報管理体制:リストを『施錠できるロッカー内に保管』し、『理事長と副理事長の2名以上による管理』を規約で定める。
- 情報共有範囲の制限:『理事会メンバーのみアクセス可能』と定め、管理会社や外部機関への無断共有を禁止する旨を記す。
本人の同意なく情報を収集したり、目的外で利用したりすることは個人情報保護法第16条(安全管理措置)および第18条(本人同意の原則)に違反します。適切な手順を踏むことで、プライバシーを守りながら安全性を高めることができます。
困ったらまずここへ!公的な相談窓口一覧
管理組合だけで問題を抱え込む必要はありません。以下の公的な窓口は、無料で相談に応じてくれる心強い味方です。どこに相談すればよいか迷ったら、まずは地域包括支援センターに連絡してみましょう。
地域包括支援センター
市区町村が設置する、高齢者のための総合相談窓口です。保健師、社会福祉士、主任ケアマネジャーなどの専門職がおり、介護・福祉・医療・権利擁護など、様々な相談にワンストップで対応してくれます。
市区町村の高齢者福祉担当課・虐待対応窓口
行政の立場から、必要な制度の案内や、高齢者虐待防止法に基づく対応を行ってくれます。虐待の疑いが強い場合や、生命の危険があると感じた場合の主要な相談先です。
民生委員・児童委員
地域に根差して活動するボランティアで、住民の身近な相談相手です。行政や専門機関への「つなぎ役」となってくれることがあります。担当の民生委員が誰か分からない場合は、市区町村の福祉担当課に問い合わせてみましょう。
【身寄りのない高齢者の場合】
生活保護受給者や身寄りのない高齢者については、市区町村の『身寄りなし支援事業』(令和5年度以降、厚生労働省が推進)が別途存在します。
管理組合が対応すべきことではなく、市区町村福祉部門に相談してください。
最新情報:厚生労働省『身寄りなし高齢者支援ガイドライン』(2024年)
まとめ:管理組合は「サポーター」。一人で抱え込まず専門家と連携を
マンションの独居高齢者や認知症を巡る問題は、多くの管理組合が直面する可能性のある、非常にデリケートな課題です。
重要なのは、管理組合の対応義務には法的な限界があると理解することです。義務の範囲は「共用部分の安全確保」と「公的機関へのつなぎ役」であり、福祉の代行ではありません。
トラブル発生時には、客観的な記録を取り、緊急性に応じて警察・消防へ連絡。そして、理事会の独断ではなく、総会決議を経て専門家や公的機関と連携する、という手順を守ることが法的リスクを回避する鍵となります。
理事会だけで抱え込まず、弁護士やマンション管理士、そして地域包括支援センターといった専門家の力を借りながら、マンション全体にとって最善の道を探っていきましょう。
免責事項
本記事は、マンション管理組合運営に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、特定の個別事案に対する法的な助言や見解を示すものではありません。
法律や各種制度は改正される可能性があります。具体的な対応を検討される際には、必ず弁護士、マンション管理士等の専門家にご相談いただくとともに、最新の法令やご自身のマンションの管理規約・管理委託契約をご確認ください。個別の規約・契約が本記事の内容に優先します。
参考資料
- e-Gov法令検索. 「建物の区分所有等に関する法律」(2024年アクセス確認).
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069 - e-Gov法令検索. 「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(2024年アクセス確認).
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=417AC0000000124 - e-Gov法令検索. 「個人情報の保護に関する法律」(2024年アクセス確認).
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0000000057 - 国土交通省. 「マンション標準管理規約(単棟型)」(令和6年改正版、2024年アクセス確認).
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html - マンション管理みらい価値研究所. 「マンション標準管理委託契約書の改正について」(2024年4月、2024年アクセス確認).
https://www.miraikachiken.com/report/240404_report_01
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

