マンション管理員 カスハラ対応マニュアル:4ステップで離職防止と組織連携

マンション管理組合がカスタマーハラスメント(カスハラ)を未然に防ぐために実施すべき予防策を図解。総会での決議(特別決議が望ましい)を経て、管理規約にカスハラ禁止条項を追加します。これは組合員全体への明確な注意喚起となり、問題発生時にも規約違反として注意勧告しやすくなります。同時に、広報誌や掲示板を活用して管理員の業務内容やカスハラ防止に関する情報を定期的に周知し、住民全体の理解と協力を促進します。これらの予防策は、カスハラの発生を抑え、良好な居住環境を維持するために重要です。

※本コラムの内容は、当社が独自に調査・収集した情報に基づいて作成しています。無断での転載・引用・複製はご遠慮ください。内容のご利用をご希望の場合は、必ず事前にご連絡をお願いいたします。

マンション管理員の離職に関わる課題の一つとして、住民からのカスタマーハラスメント(カスハラ)が業界内で指摘されています。心ない言動や過剰な要求は管理員の精神を疲弊させ、離職につながり、結果としてマンション全体の管理品質の低下を招きかねません。このような事態を防ぐには、管理員個人に任せるのではなく、管理会社と管理組合が連携し、組織として毅然と対応することが不可欠です。

この記事では、宅地建物取引士の知見を活かし、法的根拠に基づいた「マンション管理員のためのカスハラ対応マニュアル」を解説します。管理員、管理会社、管理組合それぞれの立場から、具体的な対応ステップ、予防策、そして離職を防ぐためのサポート体制までを網羅的にご紹介します。

目次

なぜ今、マンション管理員の「カスハラ対策」が急務なのか?

ある日、長年勤務していたベテラン管理員が突然辞めてしまった。その背景には、特定の住民からの執拗な要求や暴言があった…これは、多くのマンションで起こりうる深刻な問題です。なぜ今、管理員のカスハラ対策が重要視されているのでしょうか。その背景と、対策を怠った場合のリスクを解説します。

カスハラの定義と典型的な事例

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客や住民などからの要求・言動のうち、その要求内容や態様が社会通念に照らして著しく不当であり、労働者の就業環境を害するものを指します。
マンションにおけるカスハラの典型例には、以下のような行為があります。

  • 暴言・威嚇・脅迫: 「バカ」「給料泥棒」などの人格を否定する言葉、大声での威圧、暴力的な言動。
  • 不当な要求: 管理員の業務範囲を超える私的な用事の強要、管理規約で認められていない特別扱いの要求。
  • 拘束的な行為: 長時間にわたるクレーム、何度も電話をかけ続ける、執拗なつきまとい。
  • プライバシーの侵害: 個人的な情報を聞き出そうとする、SNSなどで誹謗中傷する。
  • その他: 緊急でない深夜の呼び出し、土下座の要求など。

一般的なクレームとの境界線

正当な意見や要望である「クレーム」と「カスハラ」は明確に区別される必要があります。その境界線は、要求の目的や内容、手段が「社会通念上、相当な範囲」を逸脱しているかどうかで判断されます。

  • クレーム(正当な要求): 共用部の電球切れの報告、規約に関する質問、清掃状況の改善要望など。
  • カスハラ(不当な要求): 上記の要求であっても、暴言を伴ったり、何度も執拗に繰り返されたり、業務時間外に強要されたりする場合はカスハラに該当する可能性があります。

管理員は正当なクレームには誠実に対応する義務がありますが、カスハラに対しては毅然と対応し、自らの心身を守る権利があります。

対策を怠ることで生じる3つのリスク

カスハラ対策を怠ると、単に管理員一人の問題では済まされず、マンション全体に悪影響が及びます。

  1. 管理員の離職と人材不足: 精神的な負担から管理員が離職し、後任が見つからず管理品質が低下する。
  2. 管理品質の低下: 管理員が特定の住民への対応に時間を取られ、本来の清掃や点検、巡回といった業務が疎かになる。
  3. 法的責任の発生: 管理会社は労働者に対する安全配慮義務を負っています。対策を怠った結果、管理員が精神疾患などを発症した場合、損害賠償責任を問われる可能性があります。

背景知識:カスハラ対応の法的根拠とそれぞれの役割

マンションのカスハラ問題は、管理員、管理会社、管理組合の三者がそれぞれの役割と法的根拠を理解し、連携することで初めて効果的な対応が可能になります。

カスハラ対応における3者の関係性

  • 管理員: カスハラの最前線に立つ当事者。発生時の状況を正確に記録し、管理会社に報告する役割を担います。
  • 管理会社: 管理員の雇用主として、労働者を守る義務(安全配慮義務)を負います。管理員からの報告を受け、管理組合と連携して組織的に対応する責任があります。
  • 管理組合: マンションの所有者で構成される団体。管理の主体として、良好な居住環境を維持する責任があります。管理会社からの報告に基づき、加害者である組合員に対して是正を求める役割を担います。

法的根拠①:標準管理委託契約書 第8条

国土交通省が示す「マンション標準管理委託契約書」には、カスハラ発生時の対応について明確な規定があります。

(管理事務の指示等)
第八条 乙〔管理会社〕は、(中略)甲〔管理組合〕の組合員、その同居人、賃借人その他の第三者(以下「組合員等」という。)が(中略)ハラスメント(中略)に該当する行為(以下「迷惑行為」という。)を行っていることを知ったときは、その是正のために必要な勧告又は指示その他の措置を講じるよう甲に報告しなければならない。(以下略)

(出典:国土交通省「マンション標準管理委託契約書」最新版、一部要約)

この条文は、管理会社がカスハラを認知した場合、速やかに管理組合へ報告する義務があることを定めています。また、報告を受けた管理組合は是正のために必要な措置を講じるよう努めるべき、とされています。

法的根拠②:労働施策総合推進法(パワハラ防止法)

管理会社は、従業員である管理員の職場環境を守る法的義務を負っています。労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)では、事業主に対してハラスメント防止のための雇用管理上の措置を義務付けています。

同法第30条の2は、事業主に対して「職場における優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えるものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と規定しており、顧客(住民)からのカスハラも適用対象です。
顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ)についても、事業主は相談体制の整備や被害者への配慮など、適切な措置を講じることが望ましいとされています。同法の改正は2025年に行われ、2026年4月施行予定です。

法的根拠③:区分所有法

悪質なカスハラ行為は、マンション全体の秩序を乱す「共同の利益に反する行為」と見なされる場合があります。

(共同の利益に反する行為の禁止)
第六条 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。

(出典:建物の区分所有等に関する法律)

管理組合は、この区分所有法第6条に基づき、共同利益に反する場合、管理組合は第26条の管理者権限で是正を求め、第29条の責任割合(持分比例)を考慮した措置が可能(規約優先)です。カスハラを行う組合員に対して行為の中止を求めたり、法的措置を検討したりすることができます。

手続・対応ステップ:カスハラ発生時の具体的なアクションプラン

実際にカスハラが発生した場合、感情的にならず、以下のステップに沿って冷静に対応することが重要です。

Step1: 【管理員・管理会社】記録の徹底(5W1H)

カスハラ対応で最も重要なのが「記録」です。客観的な証拠は、後の対応や法的手続きにおいて極めて重要な役割を果たします。被害を受けた管理員は、必ず以下の項目を記録し、管理会社に報告してください。

  • When(いつ): 年月日、時間(例:2025年10月26日 午前10時15分~10時45分)
  • Where(どこで): 管理員室、エントランスホール、電話など
  • Who(誰が): 加害者の氏名、部屋番号、特徴(不明な場合は「推定〇〇号室の男性」など)
  • Whom(誰に): 対応した管理員の氏名、他に居合わせた人(目撃者)の氏名
  • What(何を): 言われたこと、要求されたこと(暴言は可能な限り具体的に)
  • How(どのように): 言動の態様(大声、机を叩くなど)、管理員の対応、その後の経緯

可能であれば、相手の許可を得て録音・録画を行うことが望ましいですが、身の危険を感じる場合は無理をしないでください。

Step2: 【管理会社】組織としての報告と対応

管理員からの報告を受けた管理会社は、個人に任せず、必ず組織として対応します。

  1. 社内での情報共有: 上長や担当部署に速やかに報告し、対応方針を協議します。
  2. 管理組合への書面報告: 標準管理委託契約書第8条に基づき、記録した内容を基に、管理組合(理事長宛て)に書面で速やかに報告します。電話や口頭での報告で済ませず、必ず書面で証拠を残すことが重要です。

Step3: 【管理組合】報告を受けた後の是正措置

管理会社から報告を受けた管理組合(理事会)は、管理員と管理会社を守るため、以下の対応を検討します。

  • 事実確認: 必要に応じて、当事者双方からヒアリングを行います。
  • 注意勧告: 理事長名で、加害者に対し行為を改めるよう文書または口頭で注意・勧告します。
  • 掲示板等での啓発: 個別の事案としてではなく、一般的な注意喚起として、マンション内でのハラスメント行為を禁止する旨を掲示板や広報誌で周知します。

Step4: 【全関係者】専門家への相談判断基準

当事者間での解決が困難な場合や、行為が悪質・危険な場合は、ためらわずに外部の専門家に相談してください。

  • 警察: 暴力、脅迫、器物損壊、つきまといなど、身の危険を感じる行為や犯罪行為に該当する場合は、状況に応じて「110番」通報を検討してください。
  • 弁護士: 行為の差し止め(接近禁止など)や損害賠償請求といった法的措置を検討する場合に相談します。管理会社や管理組合が顧問弁護士と契約している場合は、そちらに相談するのがスムーズです。

FAQ:マンションのカスハラ対応に関するよくある質問

Q1. カスハラと正当なクレームの具体的な違いは?

A1. 要求内容の妥当性と、要求する際の言動・手段が社会常識の範囲内かどうかが大きな違いです。例えば、「共用廊下の電気が切れているので交換してほしい」という要望は正当なクレームです。しかし、同じ要望でも「今すぐやれ!できないなら土下座しろ!」といった暴言や強要が伴えば、それはカスハラに該当します。

Q2. 管理員が一人で対応してはいけない理由は?

A2. 主に2つの理由があります。第一に、精神的・身体的な危険から身を守るためです。一人で対応すると相手がエスカレートする可能性があります。第二に、対応を誤ると問題がこじれるリスクがあるためです。「会社に確認します」と一度持ち帰り、組織として対応することで、より適切かつ安全な解決につながります。

Q3. 管理組合が何もしないとどうなる?

A3. 管理組合がカスハラを放置すると、管理員が離職し、管理会社から契約更新を断られる可能性があります。結果として管理の質が著しく低下し、マンションの資産価値にも悪影響を及ぼしかねません。また、状況によっては、良好な住環境を維持する義務を怠ったとして、他の組合員から責任を問われる可能性もゼロではありません。

Q4. 規約にカスハラ禁止条項を入れるメリットは?

A4. 管理規約にカスハラを禁止する条項を明記することで、①組合員全体への注意喚起となり予防効果が期待できる、②実際に問題が発生した際に、規約違反として注意・勧告しやすくなる、という2つの大きなメリットがあります。管理組合としてカスハラを許さないという明確な意思表示になります。

実務ヒント:離職を防ぎ、良好な関係を築くために

カスハラ対応は、発生後の対処だけでなく、未然に防ぐための予防策と、管理員を支える組織的なサポート体制が不可欠です。

ヒント①:管理会社の組織的サポート体制の構築

管理会社は、管理員が安心して働ける環境を整備する責任があります。

  • カスハラ対応研修の実施: クレーム対応のロールプレイングや、カスハラの具体例、記録方法などを学ぶ研修を定期的に行い、管理員の対応スキルと知識を向上させます。
  • メンタルヘルスケアの提供: 産業医やカウンセラーによる面談の機会を設けたり、匿名で相談できる外部窓口(EAP)を設置したりするなど、管理員の心の健康をサポートします。
  • 柔軟な人員配置: 特定の管理員への負担が過重になっている場合は、一時的な配置転換や、複数名体制での業務サポートを検討します。

ヒント②:管理組合による予防策(規約改正・啓発)

管理組合は、カスハラが起こりにくい環境づくりの主役です。

  • 管理規約への条項追加: 総会での決議(特別決議が望ましい)を経て、管理規約にカスハラ禁止条項を追加します。
(記載例)
(迷惑行為の禁止)
第〇条 区分所有者等は、その専有部分又は共用部分の使用にあたり、他の居住者、管理員その他管理業務の従事者に対し、暴行、脅迫、暴言、不当な要求その他社会通念上相当性を欠く言動により、その者の就業環境又は居住環境を害する行為をしてはならない。
  • 定期的な啓発活動: 広報誌や掲示板で、管理員の業務内容やカスハラ防止について定期的にお知らせし、住民全体の理解と協力を求めます。

まとめ:三位一体でカスハラのないマンションを目指す

マンション管理員のカスハラ問題は、個人の問題ではなく、マンション全体で取り組むべき課題です。この記事で解説した対応マニュアルの要点は以下の通りです。

  • 定義の理解: 正当なクレームとカスハラを区別し、カスハラには毅然と対応する。
  • 法的根拠: 標準管理委託契約書、労働施策総合推進法、区分所有法が対応の土台となる。
  • 記録の徹底: カスハラ発生時は「いつ、どこで、誰が」などを詳細に記録する。
  • 組織的対応: 管理員は一人で抱えず管理会社へ報告。管理会社は組織として対応し、管理組合へ書面で報告する。
  • 連携: 管理組合は報告を受け、加害者への是正勧告など必要な措置を講じる。
  • 予防策: 管理会社は研修や相談窓口を設置。管理組合は規約改正や啓発活動を行う。

管理員、管理会社、管理組合が「三位一体」となって連携し、お互いを尊重する文化を醸成すること。それが、管理員の離職を防ぎ、管理品質を維持・向上させ、ひいてはマンション全体の資産価値を守ることに繋がるのです。

免責事項

本記事は、2025年12月23日時点の情報に基づき、マンション管理におけるカスタマーハラスメントに関する一般的な情報提供を目的として作成されており、個別具体的な事案に対する法的助言を行うものではありません。
実際の対応にあたっては、必ず顧問弁護士等の専門家にご相談ください。また、法令や各種ガイドラインは改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認いただくとともに、個別のマンション管理規約や管理委託契約書の定めが優先される点にご留意ください。

参考資料

  • 国土交通省「マンション標準管理委託契約書」 https://www.mlit.go.jp/common/001602859.pdf
  • 国土交通省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」 https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001594953.pdf
  • 埼玉県マンション管理士会「マンション管理の現場におけるカスタマーハラスメント対策について」 https://saitama-mansion.net/column/column-558/
  • 全国マンション管理業協会「カスタマーハラスメントに対する方針策定ガイドライン」(2025年2月20日発表) https://www.j-bma.or.jp/related/104768
  • e-Gov法令検索「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069
  • e-Gov法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=341AC0000000132
  • 田子法律事務所ウェブサイト「区分所有法 管理者」 https://www.tago-law.com/kanri.html

島 洋祐

保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

建物管理に関するお悩みはお気軽にご相談下さい!
大手建物管理会社では対応が難しい自主管理物件や小規模マンションにも、当社は的確なサポートを提供します。
規模に関わらず、管理組合様のニーズに寄り添い、資産価値の維持・向上に貢献する最適な管理プランをご提案。
長期的な安定と快適な居住環境づくりを全力でサポートいたします。

マンション管理のこと、 どんな小さな疑問でも
大丈夫です!

どんな些細なことでも構いません。管理費の最適化や修繕計画、住民トラブルの対応まで、
少しでも気になることはMIJまでお気軽にご相談ください!

相談は無料です!マンション管理のことは
何でもご相談ください!

03-5333-0703 電話で相談する

営業時間:10:00~18:00
平日、土日も営業(年末年始・お盆を除く)