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マンション管理組合の役員に就任された方、あるいは区分所有者として組合運営に関心をお持ちの方にとって、管理組合で加入する保険は非常に重要ながら、複雑で分かりにくいテーマの一つです。特に「どの範囲が補償されるのか」「保険料はなぜ上がるのか」「見直すにはどうすればいいのか」といった疑問は尽きません。
この記事では、宅地建物取引士の知見を基に、マンション管理組合が加入すべき保険の基本的な仕組みから、具体的な補償内容、そして保険を見直す際の実務的な手続きと注意点までを、一次情報を引用しつつ分かりやすく解説します。この記事を読めば、保険に関する理事会での議論や総会での説明に、自信を持って臨めるようになるはずです。
【本記事の作成時点】
本記事は 2025年10月28日時点 の法令・統計情報・保険制度に基づいています。火災保険の保険料率は保険会社の業況・自然災害の発生状況・建築費の変動に応じて、随時改定される可能性があります。保険契約前には、必ず最新の保険会社案内・パンフレット・約款をご確認いただき、管理会社や保険代理店に最新情報をお問い合わせください。
1. マンション管理組合の保険とは?まず理解すべき「共用部分」と「専有部分」の違い
マンション管理組合の保険を理解する上で、最も重要なのが「共用部分」と「専有部分」の区別です。この違いが、誰がどの保険に加入するのかという責任分界点になります。
なお、本記事では、管理組合が契約者となって加入する火災保険を「マンション総合保険」と統一して呼びます。業界では「共用部保険」「マンション火災保険」などとも呼ばれていますが、本記事ではすべて「マンション総合保険」で統一いたします。
管理組合が加入するのは共用部分を守る「マンション総合保険」
管理組合が契約者となって加入するマンション総合保険は、その補償対象をマンションの「共用部分」に限定しています。共用部分とは、区分所有者全員で共有して使用する場所や設備を指します。
【共用部分の具体例】
- エントランス、廊下、階段、エレベーター
- 屋上、外壁、柱や梁などの建物の構造躯体
- 電気・ガス・給排水などの幹線設備
- 集会室、駐車場、駐輪場
これらの共用部分で発生した火災や自然災害、水漏れ事故などによる損害を補償するのが、管理組合の保険の役割です。
個人の部屋(専有部分)と家財は各自で備えるのが大原則
一方、各区分所有者が所有し、独立して使用する居住スペースを「専有部分」と呼びます。具体的には、住戸内の壁紙、床、天井、キッチン、浴室などが該当します。また、室内に置かれている家具や家電は「家財」です。
専有部分と家財は、管理組合が加入するマンション総合保険の補償対象外です。これらの損害に備えるには、各区分所有者が個別に火災保険や家財保険に加入する必要があります。
この「共用部分=管理組合」「専有部分・家財=個人」という役割分担を明確に理解することが、保険の仕組みを把握する第一歩です。
2. マンション総合保険の具体的な補償内容|火災、水漏れ、自然災害
マンション総合保険は、単なる火災だけでなく、マンションで起こりうる様々な損害をカバーします。補償内容は「基本補償」と、必要に応じて追加する「特約(オプション)」に分かれています。
基本補償に含まれる主な損害
多くの保険商品で、以下の損害が基本的な補償範囲に含まれています。
- 火災、落雷、破裂・爆発
- 風災、雹(ひょう)災、雪災:台風で共用廊下の窓ガラスが割れた、積雪の重みでカーポートが破損した、といったケース。
- 水濡れ:共用部分の給排水管が破損し、下の階の専有部分に損害を与えた場合の「被害者への賠償」や、共用部分自体の復旧費用など。
- 建物外部からの物体の落下・飛来・衝突
- 騒擾(そうじょう)・集団行動等に伴う暴力行為
特約(オプション)で拡充できる補償範囲
基本補償だけではカバーできないリスクに備えるため、様々な特約が用意されています。
- 水災:集中豪雨による洪水でエントランスが浸水した、裏山の崖が崩れて建物が損壊した、といった損害を補償します。近年、自然災害が多発しているため、その重要性が高まっています。
- 盗難:共用部分の設備や備品が盗まれた場合の損害を補償します。
- 電気的・機械的事故:エレベーターや機械式駐車場などの共用設備が、ショートや過電流などの電気的・機械的な要因で故障した際の修理費用を補償します。
注意!経年劣化など補償の対象外となるケース
マンション総合保険は、あくまで「突発的な偶然の事故」による損害を補償するものです。そのため、以下のようなケースは原則として補償の対象外となります。
- 経年劣化や自然な損耗による建物の不具合
- 設計・施工のミスに起因する損害
- 保険契約者(管理組合)の故意または重大な過失による損害
例えば、定期的なメンテナンスを怠った結果、給排水管が老朽化して水漏れが発生した場合、配管自体の交換費用は補償されない可能性があります。
3. 地震保険は特約!基本補償との違いと加入の仕組み
マンションの保険を考える上で、絶対に忘れてはならないのが地震への備えです。ここで最も重要な点は、地震・噴火またはこれらによる津波を原因とする損害は、マンション総合保険の基本補償では一切補償されないということです。
なぜ地震による損害は火災保険の対象外なのか?
地震は、一度発生すると広範囲に甚大な被害をもたらす可能性があり、民間の保険会社だけではリスクを負いきれません。そのため、日本では「地震保険に関する法律」に基づき、政府と民間の保険会社が共同で運営する特殊な制度となっています(出典:財務省「地震保険制度の概要」)。
この仕組みにより、地震による損害は通常の火災保険とは切り離され、「地震保険」という専用の保険(特約)で備える必要があるのです。
地震保険の補償内容と保険金額のルール
地震保険は、マンション総合保険に特約として付帯して契約します。補償されるのは、地震・噴火・津波を原因とする建物の火災、損壊、埋没、流失による損害です。
保険金額は、主契約であるマンション総合保険の保険金額の30%~50%の範囲内で設定するのが原則です。ただし、支払われる保険金には上限があります。
| 【重要】地震保険の上限額ルールは複雑 地震保険法で定められている建物の保険金額の上限5,000万円は、あくまで「1住戸あたり(専有部分+共用部分の持分)」の上限額です。特に、共用部分全体の保険金額がいくらまで設定可能かは、保険会社・商品ごとに異なる基準を採用しており、法令上の統一ルールがありません。詳細は必ず保険会社にご確認ください。 |
保険料を抑える5つの割引制度
地震保険には、建物の耐震性能に応じて保険料が割引になる制度があります。複数の割引を重複して適用することはできませんが、最も割引率の高いものが適用されます。
| 割引の種類 | 条件 | 割引率 |
|---|---|---|
| 免震建築物割引 | 住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく免震建築物 | 50% |
| 耐震等級割引(等級3) | 同法に基づく耐震等級3 | 50% |
| 耐震等級割引(等級2) | 同法に基づく耐震等級2 | 30% |
| 耐震等級割引(等級1) | 同法に基づく耐震等級1 | 10% |
| 耐震診断割引 | 地方公共団体等による耐震診断または耐震改修で耐震基準を満たす場合 | 10% |
| 建築年割引 | 1981年6月1日以降に新築された建物 | 10% |
例えば、年間の基本保険料が10万円のマンションで「免震建築物割引」が適用され、2年契約(長期係数1.90)を結ぶ場合:
- 2年分の基本保険料: 100,000円 × 1.90 = 190,000円
- 免震割引50%を適用: 190,000円 × 0.5 = 95,000円(2年間の総支払額)
- 年換算: 95,000円 ÷ 2 = 47,500円/年
となります。
4. 万が一の賠償事故に備える3つの重要な特約
マンション運営では、建物の損害だけでなく、「誰かに損害を与えてしまった」場合の賠償リスクにも備える必要があります。これに対応するのが賠償責任保険に関する特約です。
施設賠償責任保険|共用設備の不備による事故に
共用部分の管理不備が原因で、居住者や第三者にケガをさせたり、物を壊してしまったりした場合に、管理組合が負う法律上の損害賠償金を補償する保険です。
【具体例】
- 外壁のタイルが剥がれ落ち、通行人にケガをさせた。
- 共用廊下の照明が切れていて暗く、居住者が転倒して骨折した。
- 貯水槽の清掃不備で水質が汚染され、居住者が健康被害を受けた。
個人賠償責任保険|住民間の漏水トラブル等に備える
この特約は、管理組合が契約主体となり、全戸一括で加入することで、各入居者の個人賠償責任を補償するものです。
個人の過失による事故、特に「上の階からの水漏れ(漏水)」で下の階に損害を与えてしまった、といったケースで役立ちます。全戸一括で加入することで、保険未加入者をなくし、住民間のトラブルを円滑に解決しやすくなるという大きなメリットがあります。
管理組合役員賠償責任補償|役員の賠償リスクをカバー
管理組合の役員(理事・監事)が、その業務遂行上の過失によって管理組合に損害を与え、他の区分所有者から損害賠償請求をされた場合に、役員個人が負う賠償金を補償します。
【具体例】
- 修繕業者の選定ミスにより、組合に経済的損失を与えたとして訴えられた。
- 総会決議を経ずに高額な契約を結び、善管注意義務違反を問われた。
役員のなり手不足が問題となる中、安心して役員を引き受けてもらうための重要な備えと言えます。
5. 管理組合の保険料はどう決まる?仕組みと近年の動向
管理組合の保険料は、様々な要素を基に算出されます。また、近年は全国的に保険料が上昇する傾向にあり、その背景を知ることも重要です。
保険料を左右する5つの要素
マンション総合保険の保険料は、主に以下の要素によって決まります。
- 所在地:都道府県ごとに設定された災害リスク(台風、大雪など)の発生率が反映されます。
- 建物の構造:コンクリート造(耐火構造)か、鉄骨造(準耐火構造)かなど、燃えにくさによって保険料率が変わります。
- 築年数:新しい建物ほど保険料は安く、古くなるほど高くなる傾向があります。
- 保険金額:建物の評価額が高ければ、保険料も高くなります。
- 過去の保険事故歴:保険金の支払い実績が多いと、更新時に保険料が割り増しになる場合があります。
これらの要素を総合的に評価して保険料が決定されるため、「保険料の相場はいくら」と一概に言うことはできません。
なぜ保険料は上がり続けているのか?
2015年10月に最長10年で契約した火災保険が満期を迎える2025年10月、火災保険は大幅な改定時期を迎えています。この「2025年問題」に伴い、多くの管理組合では従来の保険料の2倍~3倍への引き上げが報告されており、中でもマンション総合保険(共用部保険)の負担増が深刻です。例えば、年間30万円の保険料を支払っていた管理組合が、更新時に60万円~90万円への引き上げを通告されるケースも増えています。
その主な理由は以下の2つです。
- 自然災害の増加:大型台風や集中豪雨などの発生件数が増加し、保険会社の保険金支払額が増えているため。
- 建築費の上昇:建物の修理・再建にかかる費用が、資材価格や人件費の高騰により上昇しているためです。国土交通省が公表する「建設工事費デフレーター」を見ても、建築コストは上昇傾向にあります。
この状況は今後も続くと考えられ、管理組合としては、保険料の上昇も念頭に置いた資金計画が求められます。
6. 保険の加入・見直しの進め方【総会決議と相見積もりの注意点】
保険の契約や内容の見直しは、管理組合の運営における重要な意思決定です。適切な手続きを踏んで進める必要があります。
手続きの原則は総会での「普通決議」
保険の新規契約、更新、補償内容の変更といった行為は、管理組合の財産に関わる重要な決定事項です。そのため、原則として集会(総会)での決議が必要です。
区分所有法第39条第1項では、集会の議事は「区分所有者及び議決権の各過半数で決する」と定められています。これが「普通決議」です。
| ただし、管理規約に別段の定めがある場合は、その定めが優先されます(区分所有法第31条の規約自治の原則)。例えば、「定型的な保険更新は理事会決議に委任する」という規約規定があれば、そちらが優先適用されます。ご自身のマンションの管理規約を必ず確認してください。 |
見直しの適切なタイミングとは?
保険の見直しは、以下のタイミングで検討するのが一般的です。
- 保険期間の満了時:保険満期の3ヶ月前までに、必ず管理会社または保険代理店に更新見積もりの提出を依頼することが重要です。見積もり作成には、建物の詳細情報確認・過去の事故歴調査など多大な時間を要するため、遅くとも満期の3ヶ月前に依頼を開始してください。その後、提出された見積もりを比較検討し、理事会で方針を決定し、総会での決議を経て、遅くとも満期1ヶ月前までに契約者を決定するという流れが現実的です。
- 保険料の大幅な改定があった時:保険会社から料率改定の案内があった場合は、見直しの好機です。
- 大規模修繕工事の前後:建物の資産価値が変動するタイミングで、保険金額が適正かを確認します。
相見積もりは2〜3社が現実的【管理会社への配慮も重要】
保険の見直しにあたり、複数の保険代理店から見積もり(相見積もり)を取得することは、適正な保険料と補償内容を比較検討するために有効です。しかし、ここで注意が必要です。
「多ければ多いほど良い」と考え、5社も6社も相見積もりを依頼するのは現実的ではありません。保険の見積もり作成には、管理会社や代理店が建物の詳細な情報を確認し、過去の事故歴を調査し、場合によっては現地調査を行うなど、多大な時間と労力がかかります。過度な相見積もりの依頼は、管理会社や代理店の負担を過剰に増やし、かえって協力的な提案を得にくくなる可能性があります。
実務的には、現在契約している代理店に加えて、1〜2社の別の代理店、合計2〜3社から見積もりを取得するのが最も効率的で、質の高い比較検討ができるでしょう。
7. まとめ:適切な保険でマンションの資産価値を守ろう
マンション管理組合の保険は、万が一の災害や事故から区分所有者全員の大切な資産を守るためのセーフティネットです。特に注意が必要なのは、マンション総合保険に加入していない場合、大規模災害の発生時に、復旧工事に必要な資金確保や、区分所有者間の合意形成が極めて困難になるという点です。保険未加入のまま被災すると、修繕積立金だけでは対応できないケースが多く、後発的な資金調達(追加納付金の決定)が必要となり、居住者間の紛争に発展するリスクもあります。
その仕組みを正しく理解し、適切な保険に加入することは、理事の重要な責務の一つです。
- 基本の区別:「共用部分」は管理組合、「専有部分」は個人で保険に加入する。
- 地震への備え:地震による損害は「地震保険特約」がなければ補償されない。
- 賠償リスク:「施設賠償」や「個人賠償」の特約で、対人・対物の事故に備える。
- 見直しの手続き:原則として総会の「普通決議」が必要。相見積もりは2〜3社が現実的。
この記事で解説したポイントを参考に、ご自身のマンションの保険内容を一度確認してみてください。そして、必要に応じて理事会で議題に上げ、専門家である保険代理店のアドバイスも聞きながら、最適な保険を選択し、マンションの資産価値を維持していきましょう。
【免責事項】
本記事は、マンション管理組合の保険に関する一般的な情報提供を目的としています。特定の保険商品を推奨するものではなく、個別具体的な案件に対する法的な助言を行うものではありません。保険契約の際には、必ず最新の法令や保険会社のパンフレット、契約のしおり、約款等をご確認の上、管理組合の責任においてご判断ください。
参考資料
- 財務省「地震保険制度の概要」 https://www.mof.go.jp/policy/financial_system/earthquake_insurance/jisin.html
- 国土交通省「マンション標準管理規約」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html
- e-Gov法令検索「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069
- 国土交通省「建設工事費デフレーター」 https://www.mlit.go.jp/statistics/details/k-const_index_1.html
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

