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長期化するマンションの管理費滞納
所有者が亡くなり、相続人も見当たらない「相続人不存在」のケースでは、管理組合だけで問題を解決するのは極めて困難です。滞納額は増加し続け、組合の財政を圧迫するだけでなく、最終的には債権の時効という最悪の事態も招きかねません。
本記事では、宅地建物取引士の知見に基づき、相続人不存在住戸の管理費を回収するための法的な手続きと、その成功に不可欠な弁護士連携の具体的な方法を徹底解説します。家庭裁判所への「相続財産管理人」選任申立てから債権回収までのロードマップを理解し、大切な資産であるマンションを守るための第一歩を踏み出しましょう。
相続人不明の管理費滞納、放置はなぜ危険?
所有者不明の住戸から発生する管理費滞納は、単なる会計上の赤字ではありません。放置することで、管理組合全体を揺るがす深刻なリスクへと発展します。
リスク1:滞納額の累積による組合財政の悪化
最も直接的なリスクは、組合財政の悪化です。滞納が数年に及ぶと、その額は数十万、百万円単位に増加します。この不足分は、他の組合員が納めた管理費や修繕積立金で補填せざるを得ず、計画されていた修繕工事の延期や、管理サービスの質の低下につながる恐れがあります。
リスク2:債権の時効(5年)による回収不能
管理費の請求権(債権)には、法律上の期限があります。民法第166条により、管理費の債権は原則として5年で時効を迎え、権利が消滅します(出典:民法第166条)。ただ督促状を送るだけでは時効の進行を完全に止めることはできず、法的手続きが長期化する間に時効が成立し、一円も回収できなくなるリスクがあるのです。
リスク3:建物の資産価値低下
管理費滞納の問題を抱えるマンションは、金融機関の担保評価や不動産市場での評価が低くなる傾向があります。将来的に他の組合員が住戸を売却しようとする際に、売却価格が低くなったり、買い手が見つかりにくくなったりと、マンション全体の資産価値を毀損する要因となります。
【全体像】管理費回収までの法的ロードマップ
相続人がいない場合、管理組合が「所有者不在の部屋」を勝手に売却して滞納管理費に充当することはできません。これは不法行為にあたり、絶対に避けるべきです。では、どうすればよいのでしょうか。その鍵となるのが「相続財産管理人」という制度です。
実際にこの制度を活用し、問題を解決した例も報告されています。ある調査では、2018年から2021年にかけて相続財産管理人選任を申し立てたマンション管理組合9例のうち8例で、滞納されていた管理費等の全額回収に成功したという結果も出ています(出典:未来価値研究所ウェブサイト)。
管理組合が単独で回収できない法的理由
亡くなった方の財産(不動産を含む)は、相続人が確定するまで、あるいは清算手続きが完了するまで、誰も勝手に処分できません。民法では、相続人がいるか明らかでない場合、その財産は一時的に「相続財産法人」という、いわば清算手続きのための一つの財産体として扱われます(出典:民法第951条)。この法人格の財産を動かすには、法的に選任された代理人が必要になるのです。
解決の鍵「相続財産管理人」とは?
相続財産管理人とは
家庭裁判所によって選任され、亡くなった人の財産(相続財産)の管理・調査・清算を行う弁護士などの専門家。
管理組合は、滞納管理費という債権を持つ「利害関係人」として、家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てることができます(出典:民法第952条第1項)。この管理人を通じて、法的な手続きに則って滞納管理費を回収していくのが、唯一の正規ルートとなります。
【STEP1】相続人不存在の確定と「相続財産管理人」選任の申立て
最初に行うべきは、本当に相続人がいないのかを公的に確定させ、相続財産管理人を選任してもらう手続きです。
本当に相続人はいない?戸籍等による事前調査
申立ての前に、管理組合または依頼した弁護士が、亡くなった所有者の出生から死亡までの戸籍謄本(除籍謄本、改製原戸籍謄本など)を取得し、法定相続人の有無を徹底的に調査します。この調査で相続人が見つかれば、その相続人に請求することになります。
家庭裁判所への「相続財産管理人選任申立て」手続き
相続人がいない、または全員が相続放棄したことが調査で判明した場合、いよいよ家庭裁判所への申立てに進みます。
表の代替: 以下のリスト形式で内容を記述(画面表示が不十分な場合の参考)。
- 申立先: 亡くなった所有者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
- 申立人: 管理組合(利害関係人として)
- 主な必要書類: ・申立書 ・被相続人の住民票除票、戸籍謄本等 ・財産目録(不動産登記事項証明書など) ・管理組合の資格証明書、滞納を証明する資料など
- 選任される管理人: 多くの場合、申立先の裁判所管内の弁護士が選任される
(出典:裁判所ウェブサイト「相続財産管理人の選任」)
【重要】管理規約優先の原則
本記事で述べる相続財産管理人選任の手続きは、民法や家事事件手続法に基づいています。ただし、個別のマンション管理規約で滞納管理費の請求方法や時効の扱いが異なる場合、その管理規約が優先される可能性があります。弁護士に依頼する際には、必ず管理規約のコピーを渡し、規約上の制限事項がないか事前に確認してください。
この申立て手続きは専門的な知識を要するため、弁護士に代理を依頼するのが一般的です。
申立てに必要な費用(予納金・弁護士費用)の目安
相続財産管理人選任の申立てには、実費のほかに「予納金」と「弁護士費用」がかかります。
- 予納金: 選任された相続財産管理人の報酬や、財産調査、公告などの経費に充てるために、申立人が裁判所に納めるお金です。財産の状況によりますが、数十万円から100万円程度が目安とされています。
- 弁護士費用: 申立てを代理する弁護士に支払う費用です。法律事務所によって異なります。
これらの費用は管理組合の一時的な負担となるため、管理規約に特別の定めがある場合を除き、総会で予算承認を得ておく必要があります。
【STEP2】管理人選任後の債権回収プロセスと公告期間
相続財産管理人が選任されると、法律に基づき、財産の清算手続きが開始されます。これには一定の公告期間が必要です。
①相続人捜索の公告(6か月以上)
まず、管理人は「本当に相続人はいないか」を最終確認するため、官報に公告を出します。この期間は6か月以上と定められており、もし期間内に相続人が現れれば、その相続人と交渉することになります(出典:民法第952条第2項、第958条)。
②債権申出の公告(2か月以上)と管理組合の届出
相続人捜索と並行またはその後、管理人は「この財産に対して債権を持つ人は申し出てください」という公告を出します(出典:民法第957条第1項)。この期間は2か月以上です。
管理組合は、この期間内に滞納管理費の金額と内容を証明する書類を添えて、相続財産管理人に届け出る必要があります。届出を忘れると配当を受けられなくなりますが、届出後も相続財産管理人の報酬・公租公課・担保権者など優先債権への弁済を経たうえで、残余財産から弁済されるため、全額回収が保証されない点に注意が必要です。この届出を忘れると、配当を受けられなくなるため極めて重要です。
③相続財産からの弁済の流れ
すべての公告期間が満了し、財産の全体像と債権者が確定すると、管理人は財産(不動産を売却した代金など)から弁済を開始します。ただし、管理組合の債権が常に最優先されるわけではありません。税金などの公租公課や、他の担保権を持つ債権者が優先される場合があります。管理組合の債権は、法律で定められた優先順位に従い、相続財産から弁済されます。
管理費債権の時効(5年)を防ぐ!弁護士と行うべき中断措置
手続きが1年以上に及ぶこともあるため、その間に管理費債権が時効にかからないよう、適切な管理が不可欠です。
管理費債権の時効はいつから始まる?
管理費の時効は、まとめて5年ではありません。各月の納期日翌日から個別に5年の時効が進行します。例えば、毎月末日が納期の場合、2023年4月分は2023年5月1日から2028年4月30日までが時効期間です。管理規約で納期が異なる場合は、その規約上の納期日を基準に計算してください。
時効の完成を阻止する「時効の更新(中断)」とは
時効の進行をリセットすることを「時効の更新(旧法では中断)」といいます。単に督促状を送るだけでは「催告」となり、6か月間時効の完成が猶予されるに過ぎません。時効を確実に更新するには、以下のような法的な手段が必要です。
- 裁判上の請求(支払督促の申立て、訴訟の提起など)
- 強制執行
- 相手方の承認(債務があることを認めさせる)
(催告による時効の完成猶予)
(出典:民法第150条)
第百五十条 催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。2 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。
手続きが長期化するからこそ継続的な管理が不可欠
相続財産管理人の選任申立て中も、時効は進行し続けます。いつ、どの月の管理費が時効にかかるかを正確に把握し、弁護士と相談しながら、時効完成が近い債権について支払督促の申立てなど、適切な更新措置を講じることが重要です。
弁護士連携は必須!非弁行為リスクを回避する協力フロー
この一連の複雑な手続きにおいて、弁護士との連携は単なる「推奨」ではなく、法的なリスクを回避し、目的を達成するための「必須」プロセスです。管理組合が非弁行為を回避するための必須プロセスとして機能します。
なぜ弁護士への依頼が必須なのか?(非弁行為リスクの解説)
弁護士資格を持たない人が、報酬を得る目的で法律事務(訴訟、交渉、法律相談など)を行うことは「非弁行為」として弁護士法で禁止されています。
(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
(出典:弁護士法第72条)
第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。(以下略)
管理組合の役員が良かれと思って、相続財産管理人と直接交渉したり、裁判所に訴訟を提起したりすると、この非弁行為に該当するリスクがあります。適法かつ確実に手続きを進めるためには、専門家である弁護士に委任しなければなりません。
管理組合が行うべきこと、弁護士に任せるべきことの線引き
協力フローを円滑に進めるため、役割分担を明確にしておきましょう。
表の代替: 以下のリスト形式で内容を記述(画面表示が不十分な場合の参考)。
- 管理組合の役割: ・問題の認識と情報収集 ・理事会での協議、方針決定 ・総会での決議(弁護士依頼、費用支出など) ・弁護士への情報提供(滞納状況など)
- 弁護士の役割: ・法的な見通しの提示 ・相続人調査 ・相続財産管理人選任申立ての代理 ・時効管理と更新措置の実行 ・管理人への債権届出 ・管理人や裁判所との折衝
標準的な弁護士との協力フロー
- 相談・依頼: 滞納状況をまとめ、相続・不動産問題に詳しい弁護士に相談し、委任契約を締結する。
- 調査・申立て: 弁護士が相続人調査を行い、結果に基づき家庭裁判所へ相続財産管理人選任の申立てを行う。
- 債権届出: 管理人が選任された後、弁護士が代理で債権届出を行う。
- 進捗管理と報告: 弁護士は手続きの進捗を管理し、定期的に管理組合へ報告する。
- 回収・清算: 財産の換価後、弁済金を受領し、管理組合の会計に入金する。
回収の代替ルートと限界
相続財産管理人制度は強力ですが、万能ではありません。知っておくべき他のルートと、回収の限界について解説します。
抵当権者による競売という選択肢
もし、その住戸に住宅ローンなどの抵当権が設定されている場合、金融機関(抵当権者)が担保権を実行して競売を申し立てることがあります。この場合、相続財産管理人の手続きを待たずに、不動産が売却される可能性があります。
競売で売れた場合、滞納管理費はどうなる?(区分所有法第8条)
区分所有法第8条では、競売による新所有者(特定承継人)は、①前所有者の管理費未納分、②修繕積立金未納分、③これらに対する遅延損害金(法定利率または管理規約で定める利率)を引き継ぐ義務を負います。ただし、時効が成立した債権については、管理組合が時効を援用しない限り請求可能性が残ります(出典:区分所有法第8条)。
これにより、管理組合は新しい所有者に滞納分を請求でき、結果的に債権を回収できることがあります。
相続財産が不足していて全額回収できないケース
最も注意すべきリスクは、相続財産が不足するケースです。不動産を売却しても、その価格が低い、あるいは管理人報酬や税金、他の優先債権への支払いを終えた結果、管理組合への弁済に回すお金が残らない、または一部しか残らないという事態です。この場合、残念ながら全額の回収はできず、不足分は組合の損失となります。
【最終段階】特別縁故者への財産分与と国庫帰属
清算手続きの最後には、誰も引き取り手がない財産の最終的な行き先が決まります。
特別縁故者とは?管理費回収への影響
相続人不存在が確定した後、亡くなった方と生前に特別な関係(内縁関係、長年の療養看護など)にあった「特別縁故者」が、家庭裁判所に財産分与を申し立てることができます(出典:民法第958条の2)。
特別縁故者への分与は、①相続財産管理人の報酬、②税金などの公租公課、③担保権など優先債権、④一般債権者(管理組合を含む)への弁済が完了した後 に、残余財産から配分されます。管理組合の債権は③と④の段階で保護されますが、分与対象となる残余財産がある場合、その一部が分与されると、その分だけ管理組合が回収できる原資が減少する可能性があります。
誰も引き取り手がない場合の最終的な結末「国庫帰属」
債権者への弁済が終わり、特別縁故者も現れない場合、残った財産は最終的に国のものとなります(国庫に帰属する、といいます)(出典:民法第959条)。この時点で、未回収の管理費債権があったとしても、それ以上請求する相手は存在せず、回収は不可能となります。
相続人不存在の管理費回収に関するFAQ
最後に、管理組合の役員の皆様からよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 手続きにはどれくらいの期間がかかりますか?
A. 相続人捜索公告(6か月以上)と債権申出公告(2か月以上)の期間だけで最短8か月を要しますが、これに先立つ相続人調査(3~6か月)、その後の不動産評価・売却手続き(3~12か月)を含めると、管理人選任申立てから弁済完了まで1.5~2.5年程度が実際の目安です。複雑な事案や不動産価値が低い場合はさらに長期化する可能性があります。
Q. 弁護士費用はどれくらいかかりますか?
A. 弁護士費用は法律事務所により大きく異なるため、事前に複数の事務所から見積もりを取得することが必須です。通常、着手金(申立て代理手数料)と成功報酬(回収額に応じた報酬)の二段階制が一般的ですが、具体的な金額は事務所に直接確認してください。これに加えて、裁判所に納める予納金(相続財産管理人の報酬・調査費等に充てるもので、数十万円~数百万円程度、相続財産規模により異なる)が別途必要です。必ず事前に総会で予算上限の承認を得てから依頼してください。
Q. 弁護士なら誰でも良いのでしょうか?
A. いいえ、不動産問題、特にマンション管理や相続案件の経験が豊富な弁護士に依頼することをお勧めします。これらの分野は専門性が高く、実績のある弁護士の方が円滑に手続きを進められる可能性が高いです。
Q. 管理会社に全部任せることはできますか?
A. マンションの管理会社は、日常の管理業務や督促の補助は行いますが、相続財産管理人選任の申立てのような法的手続きの代理人にはなれません。これは弁護士の独占業務だからです。管理会社と連携しつつも、法的手続きについては必ず管理組合が主体となって弁護士に依頼する必要があります。
まとめ:適切な法的措置によってマンション全体の資産価値と組合財政を守ることができます
相続人不存在住戸の管理費滞納は、放置すればするほど問題が深刻化します。本記事で解説したポイントを改めて確認しましょう。
- 放置は危険: 滞納は組合財政を圧迫し、5年の時効で債権が消滅するリスクがある。
- 解決の鍵: 家庭裁判所に「相続財産管理人」の選任を申し立てるのが唯一の正規ルート。
- 弁護士連携は必須: 申立てや時効管理は専門知識を要し、非弁行為リスクを避けるためにも弁護士への依頼が不可欠。
- 費用と期間: 申立てには予納金などの費用がかかり、解決まで1.5~2.5年程度を要する場合も。事前に総会決議が必要。
- 全額回収の保証はない: 財産状況によっては全額を回収できないリスクも理解しておくことが重要。
この問題は、管理組合にとって大きな負担ですが、法的なプロセスに則って行動すれば、解決の道は開けます。まずは理事会で問題を共有し、相続・不動産問題に強い弁護士に相談することから始めてください。その一歩が、マンション全体の資産価値と健全なコミュニティを守ることにつながります。
免責事項
本記事は、相続人不存在時の管理費回収に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別の事案に対する法的な助言や見解を示すものではありません。個別の状況に応じた具体的な対応策については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。また、法令や制度は改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認ください。
参考資料
- e-Gov法令検索. (n.d.). _民法_. Retrieved from https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089(最終確認: 2025年時点)
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- 裁判所. (n.d.)._相続財産管理人の選任_. Retrieved from https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_17/index.html(最終確認: 2025年時点)
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

