※本コラムの内容は、当社が独自に調査・収集した情報に基づいて作成しています。無断での転載・引用・複製はご遠慮ください。内容のご利用をご希望の場合は、必ず事前にご連絡をお願いいたします。
近年、建設資材の価格や人件費の高騰を受け、予定していた大規模修繕の延期を検討するマンション管理組合は少なくありません。しかし、予算不足を理由に安易に先送りすると、建物の劣化を招くだけでなく、法的な手続きの不備から「決議が無効」となる重大なリスクを伴います。
この記事では、宅地建物取引士の視点から、大規模修繕の延期を決議する際に不可欠な法的要件、具体的な手順、そして住民(区分所有者)との合意形成のコツを解説します。単なる先送りではなく、資産価値を守るための「計画的な延期」を実現するための知識を身につけましょう。
大規模修繕の延期、安易な決定は危険!
大規模修繕の延期は、今や多くのマンションが直面する現実的な課題です。しかし、その背景とリスクを正しく理解しなければ、将来さらに大きな問題に発展しかねません。
工事費高騰で延期を選択するマンションが増加

国土交通省が公表する「建設工事費デフレーター」を見ると、建設工事に関わる費用が上昇基調にあることがわかります(出典:国土交通省「建設工事費デフレーター」)。この影響で、数年前に策定した長期修繕計画の予算では、現在の工事費を賄いきれないケースが多発しています。結果として、修繕積立金の不足が顕在化し、やむを得ず工事の延期を決断する管理組合が増えているのが実情です。
延期決議を誤ると「決議無効」のリスクも

大規模修繕の延期は、マンションという共同資産の管理に関する重要な意思決定です。そのため、区分所有法やマンション管理規約に定められた手続きに則って進める必要があります。
正しい手続きを踏まずに行われた延期決議は、一部の区分所有者から「決議無効確認請求訴訟」を起こされる可能性があります。
もし決議が無効と判断されれば、再度総会を開き直す必要が生じ、管理組合の運営に大きな混乱を招きます。理事会の責任が問われる事態にもなりかねません。こうしたリスクを避けるためにも、法的な要件を正確に理解することが不可欠です。
無効化のよくあるパターンとして、以下の事例が挙げられます:
- 招集通知の瑕疵: 議案を「大規模修繕工事延期」と具体的に記載せず、単に「大規模修繕工事」と曖昧に記載した場合、内容の具体性不足で決議無効の可能性があります。
- 決議要件の誤認: 普通決議(過半数)で足りる事項を特別決議(4分の3以上)で実施する、またはその逆のケース。
- 定足数不足: 区分所有者総数の出席確認の遺漏、または委任状・議決権行使書の計上ミス。
これらのトラブルを防止するため、法的専門家(弁護士やマンション管理士)による事前チェックを必須とすることが推奨されます。
背景知識:延期決議の要、普通決議と特別決議の違い
大規模修繕の延期を決議する際、最も重要なのが「どの決議要件が必要か」を判断することです。これは「普通決議」と「特別決議」の2種類に大別されます。
用語の定義:普通決議と特別決議
まずは、それぞれの定義を正確に押さえましょう。
- 普通決議: マンション管理における一般的な事項を決定する際の決議方法です。
- 特別決議: 規約の変更や共用部分の重大な変更など、区分所有者の権利に大きな影響を与える事項を決定する際の、より厳格な決議方法です。
区別と法的根拠:要件はどちらが適用される?
両者の違いは、可決に必要となる賛成票の数と、その対象となる事項です。この要件は区分所有法と、多くのマンションで採用されているマンション標準管理規約で定められています。
| 決議の種類 | 主な法的根拠 | 主な決議要件 |
|---|---|---|
| 普通決議 | 区分所有法 第39条 マンション標準管理規約 第47条 |
区分所有者総数および議決権総数の各過半数 |
| 特別決議 | 区分所有法 第17条、第58条(共用部分の著しい変更など) マンション標準管理規約 第47条 |
区分所有者総数および議決権総数の各4分の3以上 |
表が表示されない場合、テキスト要約: 普通決議は区分所有法第39条などに基づき各過半数、特別決議は区分所有法第17条・第58条などに基づき各4分の3以上。
では、大規模修繕の「延期」はどちらに該当するのでしょうか。これは、もともと予定していた工事内容によります。
- 普通決議で足りる場合: 予定していた工事が、建物の維持・保全の範囲内(外壁塗装、屋上防水など)で、「形状又は効用の著しい変更を伴わない」場合。単なる延期の決定は、このケースに該当することが多いです。
- 特別決議が必要になる場合: 予定していた工事が、エントランスの全面改修や間取りの変更を伴うなど、「形状又は効用の著しい変更」を含む場合。この大規模な変更計画そのものを延期・中止する際も、特別決議が必要と解釈される可能性があります。
読者のメリット:正しい判断で決議無効リスクを回避
どちらの決議要件が適用されるかを誤ると、前述の通り決議が無効になるリスクがあります。理事会としては、顧問のマンション管理士や弁護士に相談し、予定されていた工事内容が「著しい変更」に当たるかどうかを慎重に判断することが、トラブルを未然に防ぐ上で極めて重要です。
大規模修繕の延期と管理適正化法の関連性
マンション管理適正化法(令和4年4月施行)により、管理組合には「修繕積立金の適正な管理」がより一層求められるようになりました。
【法律が求める責務】
- 長期修繕計画の作成と定期的な見直し
- 修繕積立金の計画的な積立てと適正な管理
- 区分所有者への管理状況の情報提供
【延期決議への影響】
単なる延期は、こうした責務に反すると見なされるリスクがあります。延期後の新しい長期修繕計画が、法律の趣旨に沿い、実現可能な積立金水準を反映しているかを具体的に示すことが不可欠です。将来的に「長期修繕計画認定制度」の活用を目指す上でも、計画の妥当性は重要な要件となります。
参照法令:e-Gov法令検索「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」。詳細は最新の法令を確認してください。
手続・対応ステップ:大規模修繕の延期、4つの手順
法的な要件を理解したら、次は具体的な手順に沿って延期決議の準備を進めます。以下の4つのステップで進めましょう。
Step1:理事会での現状分析と延期方針の決定
まずは理事会内部で、客観的なデータに基づき現状を正確に把握します。
- 資金状況の確認: 現在の修繕積立金残高、長期修繕計画上の工事費と実際の見積額との差額(不足額)を明確にします。
- 建物診断結果の確認: 専門家による建物診断報告書を読み解き、どの部分の劣化が進行しているか、延期した場合の安全性に問題はないかを確認します。
- 延期方針の決定: 上記の分析結果を踏まえ、「なぜ延期が必要か」「いつまで延期するのか」「延期期間中に何を行うか」という方針を理事会として固めます。
Step2:長期修繕計画の見直し案と議案の作成
延期は単なる先送りであってはなりません。延期を前提とした、実現可能な「見直し後の長期修繕計画案」を作成することが不可欠です。
国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改定)に基づくと、修繕周期は建物個別の状態診断に基づき柔軟に設定されるべきとされています。従来は外壁塗装12年、換気設備15年(一律)でしたが、現在は外壁塗装12~15年、換気設備13~17年(幅を持たせた目安)です(出典:国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」https://www.mlit.go.jp/common/001089982.pdf)。
この段階で、将来の積立金の値上げ幅を緩やかにする「均等積立方式」への変更なども検討し、総会に提出する議案を作成します。また、延期決議と並行して検討すべき制度として、以下の税制優遇を活用する戦略を考慮してください。
【マンション長寿命化促進税制】
- 制度内容:大規模修繕工事完了後、固定資産税(建物部分)を最大1/2減額
- 適用期限:令和9年(2027年)3月31日までに工事完了分が対象
- 申告期限:工事完了後3か月以内に市区町村へ申告
【延期決議への戦略的活用】
延期を2年程度に限定し、2026年度内の工事完了を目指すことで、この税制優遇を確保しつつ、資金調達期間を確保できる可能性があります。
参照:国土交通省「マンション長寿命化促進税制」。
| (記載例)総会議案 第〇号議案:第〇期大規模修繕工事の実施延期に関する件 1. 提案理由 昨今の建設工事費の高騰により、現行の長期修繕計画に基づく予算では不足が見込まれるため。 2. 提案内容 (1) 202X年に予定していた第〇期大規模修繕工事の実施を、202Y年まで延期する。 (2) 延期に伴い、別紙の通り長期修繕計画を見直す。 (3) 延期期間中、専門家による年1回の建物点検を実施し、結果を全区分所有者に報告する。 |
表が表示されない場合、テキスト要約: 議案例として、提案理由(工事費高騰)、内容(延期時期、見直し計画、点検実施)を明記。
Step3:総会の準備(招集通知・事前説明会)
総会を円滑に進めるため、準備を周到に行います。
- 総会招集通知の発送: 決議事項(議案)を明記した招集通知を、総会開催日の少なくとも2週間前までに全区分所有者に発送します。この期間は区分所有法(第35条)で定められており、遵守必須です(規約で伸長・短縮可)。
- 事前説明会の開催: 総会での質疑応答の時間を短縮し、理解を深めてもらうために、事前説明会は非常に有効です。延期が必要な理由(データ)、延期した場合のリスク、見直し後の計画について丁寧に説明しましょう。
Step4:総会当日の運営と法的に有効な議事録の作成
総会当日は、議長(通常は理事長)が議事を進行します。
- 決議: 議案の説明、質疑応答を経て、採決を行います。出席者数(委任状、議決権行使書を含む)が定足数を満たしていることを確認し、賛成・反対の票数を正確に集計します。
- 議事録の作成: 決議が法的に有効であったことを証明する重要な書類です。以下の項目を漏れなく記載し、議長および議事録署名人が署名・押印の上、保管します。
- 総会の日時、場所
- 区分所有者総数、議決権総数
- 出席者数、議決権数(本人出席、委任状、議決権行使書の内訳)
- 議事の経過の要領及びその結果(賛成・反対・棄権の票数)
FAQ:大規模修繕の延期に関するよくある質問
管理組合の理事の皆様からよく寄せられる質問にお答えします。
Q1. 延期は何年までなら許されますか?
法的に「〇年まで」という明確な定めはありません。しかし、重要なのは「延期の合理性」です。専門家による建物診断の結果、数年程度の延期であれば安全性に大きな問題はないと判断され、かつ、その間の資金計画や点検計画が明確に示されていれば、総会での合意は得やすいでしょう。無計画に長期間先延ばしにすることは、資産価値の低下を招き、区分所有者全体の不利益となるため避けるべきです。
Q2. 延期に反対する住民がいる場合、どうすれば良いですか?
反対意見の背景には、建物の安全性への不安や、将来の負担増への懸念など、様々な理由が考えられます。まずは、事前説明会や個別対話の場で、反対の理由を真摯にヒアリングすることが第一歩です。その上で、データに基づいた客観的な説明を尽くすことが重要です。感情的な対立を避け、必要であればマンション管理士など第三者の専門家に中立的な立場から説明してもらうことも有効な手段です。
Q3. 決議が無効になった場合、どうなりますか?
招集手続きの不備や決議要件の誤りなどで決議が無効と判断された場合、その総会での決定は効力を失います。つまり、延期は決定されていない状態に戻ります。この場合、法的な要件を整えた上で、再度臨時総会を招集し、改めて決議をやり直す必要があります。時間と労力がかかるだけでなく、管理組合の信頼性も損なわれかねないため、手続きは慎重に進める必要があります。
実務ヒント:合意形成と資金問題への実践的対策
法的手続きと並行して、住民の合意形成と資金問題の解決策を具体的に進めることが、計画的延期を成功させる鍵です。
合意形成を円滑に進める3つのコツ
- 徹底した情報開示と説明: なぜ延期か(客観的データ)、延期してどうなるか(リスクと対策)、将来どうするのか(見直し後計画)を、事前説明会などで繰り返し丁寧に説明します。
- 専門家の活用: 理事会だけの説明では「お手盛り」と見なされることもあります。マンション管理士や建築士といった第三者の専門家から、客観的な建物の状況や計画の妥当性を説明してもらうことで、説明の信頼性が格段に向上します。
- 「代替案」とセットで提案: 単に「延期します」ではなく、「延期中に資金を確保するため、〇〇を実施します」という具体的な代替案とセットで提案することで、前向きな計画であることをアピールできます。
修繕積立金不足への3つの代替案
延期と並行して検討すべき、資金不足への具体的な対策です。それぞれのメリット・デメリットを比較し、ご自身のマンションに合った方法を検討しましょう。
| 対策 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| ① 一時金の徴収 | ・短期的にまとまった資金を確保できる | ・一戸あたりの負担が大きく、合意形成のハードルが高い ・高齢者や所得の低い世帯には大きな負担となる |
| ② 修繕積立金の値上げ | ・月々の負担は比較的小さく、計画的に資金を貯められる | ・資金が貯まるまでに時間がかかる ・値上げそのものへの反対意見が出やすい |
| ③ 借入 | ・すぐに工事に着手できる ・住宅金融支援機構の「マンション共用部分リフォーム融資」など低金利の制度もある |
・金利負担が発生する ・将来世代に負債を残すことになる |
表が表示されない場合、テキスト要約: ①一時金(短期確保だが負担大)、②値上げ(計画的だが時間かかる)、③借入(即時可能だが金利負担)。
これらの対策はいずれも総会の普通決議で決定するのが一般的ですが、一時金の徴収など負担の大きいものは、より丁寧な合意形成が求められます。
付録:延期決議のチェックリスト(理事会用)
- ☐ 法的要件の確認
- ☐ 予定工事が「共用部分の著しい変更」か判定済み
- ☐ 該当する決議要件(普通決議 or 特別決議)を確定
- ☐ 管理規約の該当条文を確認
- ☐ 資料作成
- ☐ 修繕積立金の残高・不足額を定量化
- ☐ 建物診断結果をまとめた
- ☐ 見直し後の長期修繕計画案を作成
- ☐ 総会準備
- ☐ 招集通知を2週間前に発送
- ☐ 議案を「第○号議案:大規模修繕工事実施延期」と明記
- ☐ 事前説明会の開催日時を決定
- ☐ 総会実施
- ☐ 定足数確認(出席者数を記録)
- ☐ 採決前に決議要件を読み上げ
- ☐ 賛成・反対・棄権の票数を確認
- ☐ 議事録に決議要件達成を明記・署名
- ☐ アフターケア
- ☐ 工事完了後3か月以内に長寿命化税制申告準備
まとめ:計画的な延期決議でマンションの資産価値を守ろう
大規模修繕の延期は、もはや他人事ではありません。工事費の高騰という外部要因に直面したとき、いかに冷静かつ計画的に対応できるかが、管理組合の力量の問われるところです。
本記事のポイントを再確認しましょう。
- 法的要件の遵守: 工事内容によって「普通決議」か「特別決議」かを見極めることが、決議無効のリスクを避ける第一歩です。
- 段階的な手順: 「現状分析→計画見直し→総会準備→総会実施」というステップを着実に踏むことが、円滑な進行の鍵です。
- 丁寧な合意形成: データに基づく客観的な説明と、専門家の活用、代替案の提示が、住民の理解と協力を得ることにつながります。
- 計画的延期: 単なる先送りではなく、建物点検や資金計画を伴う「計画的」な延期こそが、最終的にマンションの資産価値を守ります。
理事会の皆様のリーダーシップのもと、適切な手続きを経て計画的な延期決議を行うことが、快適な住環境と大切な資産を次世代に引き継ぐための重要な責任です。
免責事項
本記事は、大規模修繕の延期決議に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別の事案に対する法的な助言を行うものではありません。具体的な決議手続きや計画の策定にあたっては、必ずご自身のマンションの管理規約をご確認の上、マンション管理士や弁護士などの専門家にご相談ください。また、法令や各種制度は改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認いただくようお願いいたします。
参考資料
- e-Gov法令検索「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」 (https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069)
- 国土交通省「マンション標準管理規約」 (https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html)
- 国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改定) (https://www.mlit.go.jp/common/001089982.pdf)
- 国土交通省「建設工事費デフレーター」 (https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/jouhouka/sosei_jouhouka_tk4_000041.html)
- 住宅金融支援機構「マンション共用部分リフォーム融資」 (https://www.jhf.go.jp/loan/yushi/mansion/index.html)
- e-Gov法令検索「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」 (https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=412AC1000000149)
- 国土交通省「マンション長寿命化促進税制」 (https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000001_00001.html)
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

