マンションでの漏水は、居住者にとって大きなストレスであり、建物の損傷にもつながる深刻なトラブルです。
特に、専有部分と共用部分が入り組むマンションでは、
- 「原因はどこか」
- 「誰がどこまで費用を負担するのか」
といった点が複雑に絡み合い、対応が遅れると居住者間の紛争にも発展しかねません。国土交通省
さらに、「建物の区分所有等に関する法律」(いわゆる区分所有法)第9条では、建物の設置・保存に瑕疵があって損害が生じた場合、その瑕疵は共用部分にあると推定されると定められています(e-Gov法令検索で公開)。法令検索
原因不明の漏水では、管理組合が前面に立つケースも少なくありません。
管理組合には、居住者の安心と建物の資産価値を守るため、
「初動対応」→「原因調査と責任整理」→「修繕と費用負担」→「再発防止」
までを一連の流れとして、迅速かつ的確に進めることが求められます。
漏水発生時の初動対応
まず被害を広げない「3つのステップ」
漏水が発生した際、最も重要なのは「初動」です。ここでの判断と連絡が、その後の被害拡大やトラブルの有無を左右します。
1-1. 被害状況の確認と記録
まずは、現場で次の点を押さえます。
- 漏水の場所(天井・壁・床・設備周りなど)
- 漏れている水の量・範囲(1か所だけか、複数か)
- いつ頃から、どのタイミングで気付いたか
- 電気機器への影響や、生活への支障が出ているかどうか
写真や動画で記録を残すことは必須です。
被害住戸の内装・家具・家電の状況はもちろん、天井のシミや水滴、バケツで受けている様子なども撮影しておきましょう。こうした記録は、後の保険対応や、原因・責任を整理する際の重要な資料になります。国土交通省
被害を受けている居住者からは、発生日・発見した時間・発生状況などを簡単に聞き取り、管理組合で共有できるようメモしておきます。
1-2. 関係者への連絡
次に、連絡の順番を整理します。
- 管理会社または管理組合の担当者(理事長など)
- 被害住戸(下階など)
- 上階・隣接住戸など、原因となり得る住戸
特に、被害住戸と原因が疑われる住戸が、感情的になった状態で直接やり取りを始めてしまうと、トラブルに発展しがちです。
基本は「管理会社・管理組合を通して調整する」運用にしておくことが重要です。国土交通省
また、夜間・休日も含め、緊急連絡先(管理会社・管理員室など)を平時から案内しておくと、初動がスムーズになります。
1-3. 応急処置の実施
被害拡大を防ぐため、可能な範囲で次のような応急対応を行います。
- 止水栓・元栓を閉めてもらう(管理組合で位置を案内できるようにしておく)
- 漏水箇所の真下にバケツなどの水受けを置く
- タオルや雑巾で水を拭き取り、これ以上広がらないようにする
- 家具や家電を可能な範囲で移動し、養生シートやビニールなどで保護する
- 電気設備付近の水濡れが疑われる場合は、感電防止のためブレーカーを落とすことも検討する
応急処置後も、「どこまで水が回っていたのか」「どの範囲を養生したのか」を写真で残しておくと、保険会社や施工業者への説明がスムーズです。国土交通省
1-4. 保険会社への連絡
応急処置と管理会社・管理組合への連絡が済んだら、保険会社への連絡も早めに行います。
- 加害側(専有起因):個人賠償責任保険(火災保険・自動車保険・クレジットカード付帯など)
- 被害側:火災保険の「水濡れ」補償
- 共用部分起因:マンション総合保険・施設賠償責任特約 等国土交通省
管理組合としては、「共用部起因かどうか不明でも、とりあえず管理組合側の保険代理店・保険会社に相談する」という運用にしておくと、居住者からの信頼も得やすくなります。
原因調査と責任の所在
人的ミス・配管・原因不明の3パターンで整理
漏水対応で最も難しいのが、原因の特定と責任の整理です。
マンションでは次のようにパターン分けして考えると整理しやすくなります。
2-1. 人的ミス(居住者の過失)が原因の場合
よくある事例としては、
- 蛇口の閉め忘れ・お風呂の水の出しっぱなし
- 洗濯機の給水ホースの外れ・設置不良
- トイレへの異物投入・誤使用による詰まり
- 寒冷地などでの水道凍結による破損 など
いずれも、注意していれば防げるケースが多く、
原則として、その住戸の占有者(居住者)または所有者の責任で、専有部分の修繕費用や下階への損害賠償を負担することになります。国土交通省
この際、個人賠償責任保険の有無・補償範囲の確認を促すのも、管理組合の重要なサポートです。
2-2. 配管や設備の不具合が原因の場合
次に多いのが、配管や設備の老朽化・施工不良などに起因するケースです。
ここで重要なのが、
- その配管・設備が「専有部分」か「共用部分」か
- 原因が「経年劣化」か「施工不良」か
という2つの視点です。国土交通省+1
- 専有部分内の給排水管や設備:
→ 原則として、その住戸の所有者が負担 - 共用部の縦管・横主管、外壁・屋上など:
→ 管理組合が負担
専有・共用の区分や、専有部分配管をどこまで管理組合で面倒を見るのかは、各マンションの管理規約で定めることになります。管理規約の整備にあたっては、国土交通省が公表している「マンション標準管理規約」が参考になります。国土交通省+1
原因特定には、
- 目視調査
- 天井点検口からの確認
- 配管カメラ調査
- 高圧洗浄時の状況確認
- 赤外線サーモグラフィによる漏水探索
など、専門業者による詳細調査が不可欠です。
2-3. 原因不明の漏水と区分所有法第9条
調査を行っても、「専有部分か共用部分か」「どの配管か」特定できないケースもあります。
このような場合に関係してくるのが、**区分所有法第9条「建物の設置又は保存の瑕疵に関する推定」**です。
条文は、e-Gov法令検索で公開されており、建物の設置・保存に瑕疵があることで生じた損害は、共用部分の瑕疵と推定される旨が定められています。法令検索
つまり、
原因が専有部分か共用部分か分からない場合は、共用部分の瑕疵と推定され、管理組合側の責任になる
という考え方になります。
管理組合としては、「原因不明だから関与しない」のではなく、
積極的に原因調査を主導し、結果と判断理由を関係者全員に説明することが重要です。
修繕計画の立案と実施
「その場しのぎ」で終わらせないために
原因と責任の方向性が見えたら、次は修繕計画を立てていきます。
3-1. 複数業者からの見積り取得
適正な価格・工事内容を見極めるために、
最低でも2〜3社から見積りを取り、比較検討することをおすすめします。
- 漏水箇所の補修だけでよいのか
- 周辺の配管・防水・仕上材も含めた修繕が必要か
- 同様事故が再発しないよう、予防的な改修まで含めるか
といった観点で、単純な金額比較だけでなく、提案内容そのものを評価します。
3-2. 修繕範囲と工期の確定
マンションの漏水修繕では、
- 「見えている被害箇所」だけ直すのか
- 「将来的なリスク」を見越して範囲を広げるのか
という線引きが重要です。
国土交通省の「管理組合によるマンション専有部分等の配管類の更新事例調査」では、配管類の更新は、実際に漏水事故が多発してから検討が始まる事例が多く、更新時期も築25~35年頃に集中していることが報告されています。国土交通省
築年数や他の不具合状況も踏まえ、長期修繕計画との整合性も意識しながら、単なる応急修繕にとどめるのか、予防的な更新まで踏み込むのか検討しましょう。
工期については、
- 断水が必要となる時間帯
- 居住者の在宅が必要な日時(室内立入り)
- 騒音・粉塵が想定される時間帯
などを整理し、できるだけ生活への影響を抑えたスケジュールを組みます。
3-3. 居住者への周知・調整
修繕工事をスムーズに進めるためには、情報提供の丁寧さがカギになります。
- 工事の目的と背景(再発防止の必要性など)
- 工事範囲・工期・作業時間帯
- 断水・立ち入り・騒音など、想定される影響
- 在宅をお願いする場合は、その理由と具体的な日時・連絡方法
これらを事前に案内し、個別調整が必要な住戸には別途フォローを行います。
費用負担と保険活用
「誰がどこまで負担するか」を整理する
漏水の費用負担は、原因と場所によって変わります。
4-1. 管理組合が負担するケース
- 共用部分に起因する漏水(共用配管・外壁・屋上・共用設備など)
- 原因不明だが、区分所有法第9条により共用部分の瑕疵と推定されるケース
この場合、基本的には修繕積立金や管理費から支出します。
また、マンション総合保険や施設賠償責任特約でカバーできる範囲があれば、保険を優先的に活用します。国土交通省
保険料や補償内容は、国交省が公表しているマンション管理関連ガイドラインや、保険会社・損害保険会社の資料も参考になります。国土交通省+1
一部のマンションでは、原因にかかわらず「調査費や応急措置費用は一旦管理組合が負担する」とルール化している例もあり、その方が実務上スムーズです。
4-2. 居住者(区分所有者)が負担するケース
- 専有部分の設備・配管の不具合
- 蛇口の閉め忘れなど、明らかな人的ミス
この場合は、その区分所有者が、
- 自室の原状回復費用
- 下階・他住戸への損害賠償
を負担することになります。個人賠償責任保険が適用されるケースも多いため、保険加入状況の確認と、保険会社への連絡方法の案内は管理組合側の重要なサポートです。国土交通省
4-3. 高額請求トラブルへの注意
漏水対応業者の中には、ウェブ上では極端に安い料金を表示しながら、実際には高額な料金を請求する悪質事業者も報告されています。
消費者庁は、「水回りトラブル対応業者に関する注意喚起」を公表し、
低額な表示を見て依頼した結果、高額請求となった事例が多く寄せられていることを示しています。内閣府+1
業者選定に不安がある場合は、
- 管理会社に紹介を依頼する
- 複数業者から見積もりをとる
- 不審な点があれば、消費者庁の「消費者ホットライン(188)」に相談する
といった対策も検討しましょう。
再発防止と今後の対策
「一度の漏水」を将来のリスク低減に活かす
漏水は、修繕して終わりではありません。
今回の事故を、今後のリスクマネジメントに活かせるかどうかが、管理組合の腕の見せ所です。
5-1. 定期的な点検とメンテナンス
- 給排水設備(縦管・横主管・ポンプ・バルブ類)
- 屋上防水・バルコニー・外壁
- 築年数が進んだ共用部配管
などについて、長期修繕計画と連動させて、計画的な点検・更新を行います。
先に挙げた「配管類の更新事例調査」でも、専有部分の漏水事故をきっかけに、管理組合主体で一斉更新に踏み切った事例が多く紹介されています。国土交通省+1
必要に応じて、
- 配管寿命診断
- 共用部の劣化診断
- 既存漏水事例を踏まえた重点調査
など、第三者の専門家やマンション管理士に相談するのも有効です。
5-2. 居住者への情報提供・啓発
専有部分が原因となる漏水は、日頃の心がけで防げるものも多く含まれます。例えば、
- 長期不在時は、元栓を閉める・水回りを確認する
- 洗濯機のホースや接続部を定期的にチェックする
- 冬場の凍結対策(水抜き・保温材の活用)
- 水回り収納内を整理し、配管周りが見える状態にしておく
といったポイントを、掲示板・総会資料・ニュースレターなどで定期的に案内するとよいでしょう。国土交通省
また、漏水対応やリフォーム工事で判断に迷う場合は、国土交通大臣指定の公的相談窓口である「住まいるダイヤル(住宅リフォーム・紛争処理支援センター)」を案内するのも有効です。年間3万件以上の相談実績があり、建築士等の専門家による無料相談制度も整備されています。Chord+2国土交通省+2
5-3. 管理規約・保険内容の見直し
- 管理規約で、専有部分配管をどこまで管理組合が関与できるか
- 長期修繕計画に、配管更新・漏水対策をどう位置付けるか
- 管理組合として加入しているマンション総合保険・賠償責任保険の補償内容
などが、現在の建物状況・リスクに合っているか、定期的に見直します。
管理規約の改正時には、国土交通省の「マンション標準管理規約」や、令和7年改正に関する解説ページを参照することで、最新の法改正や実務を踏まえた整備がしやすくなります。国土交通省+2国土交通省+2
管理組合として「こういう事故のときは、まず保険会社にこう連絡してください」というフローを整理しておくと、有事の際の対応が格段にスムーズになります。
まとめ
漏水対応は「段取り」と「説明力」
マンションにおける漏水は、管理組合にとって避けて通れないテーマです。
しかし、
- 初動対応で被害を食い止め
- 原因調査と責任の整理を丁寧に行い
- 修繕と費用負担を明確にして合意形成し
- 最後に再発防止策を長期修繕・運営に組み込む
という一連の流れをきちんと押さえておけば、被害を最小限に抑えることができます。
特に、専有・共用が絡む漏水では、感情的なトラブルをいかに避けるかが重要です。
その意味でも、管理組合/管理会社が前面に立ち、
- どの法令・ガイドラインや
- どの調査結果・保険商品を参考にしたのか
を示しながら、「何を根拠にどう判断したのか」を分かりやすく説明していく姿勢が、安心できるマンションライフと資産価値の維持につながっていきます。

