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在宅勤務の定着や高画質動画の普及により、マンションのインターネット環境は新たな局面を迎えています。従来のVDSL方式では速度不足が顕在化し、「ビデオ会議が途切れる」「動画が頻繁に止まる」といった声が住民のストレスになっています。この問題を根本から解決するのが、次世代インフラである「マンション 全戸光回線 10G」の導入です。
この記事では、宅地建物取引士の知見を活かし、マンション全戸への10G光回線導入を検討する管理組合の理事や区分所有者の皆様に向けて、そのメリット・デメリットから法的な決議要件、費用構造、業者選定の実務までを網羅的に解説します。法改正や一次情報に基づき、単なる設備更新ではない、マンションの資産価値を左右する重要な経営判断としての視点を提供します。
なぜ今、マンション全戸光回線10G化が必要なのか?
多くの既存マンションで採用されているVDSL方式が、現代の通信ニーズに対応しきれなくなっています。その背景と、10G光回線がもたらす解決策を解説します。
限界を迎えるVDSL方式の課題
VDSL方式は、建物の共用部まで引かれた光回線を、各住戸へは既存の電話回線を使って分配する方式です。低コストで導入できるメリットがありましたが、以下の課題が深刻化しています。
- 速度の限界: 理論上の最大速度は100Mbpsですが、複数世帯で共有するため、夜間など利用が集中する時間帯は実測値が数Mbpsまで低下することも珍しくありません。
- 上り速度の遅さ: ビデオ会議や大容量ファイルのアップロードで重要となる「上り」の速度が特に遅く、在宅勤務の大きなボトルネックとなります。
- 安定性の欠如: 複数世帯が同時に高画質の動画視聴やオンラインゲームを行うと、回線が混雑し、通信の遅延や切断が発生しやすくなります。
在宅勤務におけるビデオ会議や、家族それぞれが4K/8K動画を視聴する現代のライフスタイルでは、建物全体で1本の回線を分け合うVDSL方式は、構造的に限界を迎えていると言えます。
全戸光回線10Gがもたらす3つのメリット
10G光回線は、共用部から各住戸までをすべて光ファイバーで接続する「オール光配線方式」です。これにより、VDSL方式の課題を根本的に解決します。各戸が独立した最大10Gbps(理論値)の回線を専有でき、テレワークや高画質動画の同時利用に余裕が生まれます。
- 圧倒的な通信速度と安定性: 複数人が同時にテレワークや高画質動画視聴を行っても、速度低下の影響を受けにくく、快適なインターネット環境が実現します。混雑時間帯でも安定性が高い点が特徴です。
- 将来の需要に対応: 今後さらに普及が見込まれるIoT(モノのインターネット)機器やスマートホーム、VR/ARコンテンツなど、大容量通信を必要とするサービスにも余裕をもって対応可能です。
- 資産価値の向上: 「全戸10G光回線完備」は、特に都心部の新築物件で標準装備となりつつあります。国土交通省の関連資料や業界予測(FTTH市場2025年度報告)では、10G利用者が2025年3月末時点で100万件を突破したことが示されており、快適なネット環境は、賃貸・売買市場において強力なアピールポイントとなり、マンションの資産価値維持・向上に貢献します。
【用語解説】「ベストエフォート」と「スループット」の違い
光回線の速度を検討する際、必ず目にするのが「ベストエフォート」という言葉です。これは「最大限努力したときの速度」を意味し、常に最大速度が保証されるわけではないことを理解しておく必要があります。
| 項目 | 説明 |
|---|---|
| ベストエフォート | 通信事業者が提示する理論上の最大通信速度(例:最大10Gbps)。回線が空いている状況下での最高値であり、速度を保証するものではない。 |
| スループット | 実際にデータが転送される実効速度。利用者の環境(PC、ルーター、LANケーブルの性能)や回線の混雑状況によって変動する。 |
読者のメリット: 「最大10Gbps」というスペックだけに注目するのではなく、実際の利用環境におけるスループット(実効速度)が重要であることを理解できます。業者選定時には、導入実績のあるマンションでの実測データや、SLA(サービス品質保証制度)の有無を確認することが賢明です。
導入までの7ステップと管理組合の決議要件
全戸光回線10Gの導入は、個人がプロバイダを契約するのとは全く異なり、管理組合が主体となって進める大規模な改修工事です。法的な手続きを含め、計画的に進める必要があります。
導入実現までのロードマップ(7ステップ)
一般的な導入プロセスは以下の通りです。合意形成から工事完了まで、半年から1年以上かかることもあります。
- 【STEP1】理事会での検討開始: 住民アンケート等でネット環境への不満を把握し、理事会で導入の必要性を議論する。
- 【STEP2】情報収集・比較検討: 複数の通信事業者(NTT、つなぐネット、eo光など)から資料を取り寄せ、プランや導入事例を比較する。10G対応エリアは、当初の首都圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)や政令指定都市中心から全国へ拡大しています。
- 【STEP3】業者選定・現地調査・見積取得: 2~3社に絞り込み、現地調査を依頼。詳細な見積もりを取得する。
- 【STEP4】総会での説明・決議: 住民説明会を開催し、工事内容、費用、メリット・デメリットを丁寧に説明。総会で導入の可否を決議する。
- 【STEP5】契約締結・工事日程調整: 可決後、事業者と正式に契約。住民への周知を行い、工事を実施する。
- 【STEP6】工事完了・サービス開始: 工事完了後、各戸での利用を開始。
- 【STEP7】運用・アフターフォロー: トラブル発生時のサポート体制や、将来のメンテナンスについて確認する。 ol>
- 初期工事費: 中規模マンションで数百万円規模になるケースもあります。既存の配管が利用できれば安価に、新たに配管ルートを確保する必要があれば高額になります。
- 月額利用料: 個別に契約するよりも割安になる「全戸一括契約」が主流です。事業者やプランにより異なり、要見積もりとなりますが、1戸あたり月額3,000円~5,000円程度が目安となります。
- 幹線工事費(共用部)
- 各戸への引き込み工事費(戸数分)
- 機器費(ONU、ルーター等)
- 既存設備撤去費
- 保守・メンテナンス費(月額または年額)
- ご自身のマンション管理会社
- マンション管理士(公の資格:宅地建物取引業法での管理士資格)
- 弁護士(個別案件の法的助言が必要な場合)
- 建物の区分所有等に関する法律(e-Gov法令検索)
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000069 - マンション標準管理規約(単棟型)(国土交通省、2021年6月22日)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html - 国土交通省『マンション標準管理委託契約書(単棟型)』(2021年6月改正版)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000053.html - 大阪ガス都市開発株式会社, 西日本エリアの新築賃貸マンションに初めてNTT西日本の「フレッツ 光クロス」全戸加入プランが採用決定!, 2024年3月14日
https://www.osakag-as.net/urban/release/2024/0314.html - 株式会社Ai.Connect, 導入事例 プラザマキシム様 (最終閲覧日:2025年12月20日)
https://ai-connect.co.jp/case/plazamaximum/ - 株式会社ハウジングネット, 【導入事例】オーナー様の強いご希望で全戸10G対応が実現(最終閲覧日:2025年12月20日)
https://www.housingnet.jp/case/10g.html - KDDI 「auひかり マンションギガ(10Gbps)全戸一括加入型」サービス開始
https://newsroom.kddi.com/news/detail/kddi_pr-675.html (2022年10月27日発表) - マーケティングリサーチ・インターネット「FTTH市場では10G利用者が100万件を突破」
https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=676 (2025年3月末時点) - 株式会社Ai.Connect 「リリース直後から採用続々 10Gbps対応『アイネット ヒカリfast』」
https://ascii.jp/elem/000/004/361/4361434/ (2025年8月リリース)
最重要関門:管理組合の合意形成と法的要件
全戸光回線化は、マンションの「共用部分の変更」にあたるため、管理組合総会での決議が必要です。この決議要件が、導入における最大のハードルとなります。
根拠となるのは、マンション管理の憲法ともいえる「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」と、多くの管理組合が運営の指針とする「マンション標準管理規約」です。
光回線導入工事が、建物の形状又は効用の「著しい変更」を伴う場合、区分所有法第17条第1項に基づき、区分所有者数および議決権の各4分の3以上の賛成による特別決議が必要です。一方、変更が軽微な場合は普通決議で足ります。ただし、ご自身のマンションの管理規約(標準管理規約第47条参照)で決議要件が別に定められている場合、その規約が優先されます。
この「著しい変更」に該当するかは工事の規模や内容によりますが、全戸への配線引き直しや外壁への穴あけを伴う大規模な工事は、特別決議が必要と解釈されるのが一般的です。まずはご自身のマンションの管理規約で「共用部分の変更」に関する決議要件がどう定められているかを確認することが第一歩です。
【FAQ】費用と業者選定でよくある疑問
理事会で導入検討を進めるにあたり、必ず議題となる費用と業者選定に関する疑問にお答えします。
Q1. 初期費用と月額料金はどれくらいかかる?
A. 一般的に、建物構造・既存配管の有無による差が大きく、一概に相場を示すことは困難です。
費用は「初期工事費」と「月額利用料」で構成されますが、その金額はマンションの規模(戸数)、築年数、既存の配管設備の有無、建物の構造によって大きく変動します。
費用負担の方法は、初期費用を修繕積立金から支出し月額利用料を管理費に上乗せする、あるいは各戸が個別負担するなど、管理組合の財務状況に応じて総会で決定します。
Q2. 業者選定や見積もり取得で気をつけることは?
A. 「2~3社への相見積もり」と「詳細見積もりの要求」が鉄則です。
複数の業者を比較することで、適正な価格やサービス内容を見極めることができます。ただし、注意点もあります。業界慣例として、複数社の詳細見積取得は時間と労力を要するため、あまりに多くの業者(例:5社以上)へ見積もりを依頼すると、敬遠されてしまい、かえって良い提案を受けられなくなる可能性があります。これは法的な要件ではありませんが、業界の慣例として、真剣に比較検討するため、信頼できそうな2~3社に絞り込むのが現実的です。
見積もりを取得する際は、「工事一式 ◯◯円」といった大雑々なものではなく、以下の項目を細かく分けて提示するよう求めましょう。これにより、費用の透明性が確保され、業者間の比較が容易になります。
(注:表形式が表示されない場合、以下の項目をリストとしてご参照ください:ベストエフォート – 通信事業者が提示する理論上の最大通信速度(例:最大10Gbps)。回線が空いている状況下での最高値であり、速度を保証するものではない。スループット – 実際にデータが転送される実効速度。利用者の環境(PC、ルーター、LANケーブルの性能)や回線の混雑状況によって変動する。)
Q3. 既存回線の契約はどうすればいい?
A. 新回線への切り替えと同時に、各戸が個別に解約手続きを行うのが基本です。既存契約の解約は、各戸の現契約条項を最優先に個別確認し、管理組合はスケジュール周知のみを担当してください。
全戸一括導入で注意したいのが、既存回線からの切り替えタイミングです。手続きの主体やスケジュールを事前に明確にしないと、「新旧両方の料金を支払う」二重払いの期間が発生してしまいます。
管理組合としては、事業者と契約する際に「旧インフラの撤去・解約手続きは管理組合(または管理会社)の業務範囲か、各戸の個別対応か」を明確にし、住民へ解約手続きのスケジュールを徹底して周知することが重要です。
実務上のヒント:成功事例と契約のポイント
理論だけでなく、実際の導入事例や契約時の注意点を知ることで、プロジェクトをより円滑に進めることができます。
事例から学ぶ成功の鍵
国内でも既存マンションへの10G光回線導入事例が増えています。2025年8月リリースの「アイネット ヒカリfast」以降、既存物件での採用が続いています。
| 事例 | 物件種別 | ポイント | 教訓 | 出典(年) |
|---|---|---|---|---|
| プラザマキシム(東京都多摩市) | 既存・賃貸(50戸) | 専門業者が新設ルートを開拓し、短期間での導入を実現。防犯カメラも同時設置。 | 既存物件でも、配線ルートの工夫次第で導入は可能。他設備との同時改修でコスト効率化も。 | 株式会社Ai.Connect事例紹介(2025年) https://ai-connect.co.jp/case/plazamaximum/ |
| アーバネックス新町Ⅱ(大阪市西区) | 新築・賃貸(50戸) | 設計段階から10G光回線を組み込み、入居者向けアピールポイントに。 | 新築では標準設備化の潮流がある。既存物件も対応しないと競争力で劣後する可能性。 | 大阪ガス都市開発株式会社プレスリリース(2024年) https://www.osakag-as.net/urban/release/2024/0314.html |
| 岡崎市のマンション(愛知県) | 既存・賃貸(36戸) | 築20年だが既存配管を活用しスムーズに工事完了。オーナーの強い意向で決定。 | 賃貸ではオーナー判断で迅速に進むが、分譲では全住民の合意形成プロセスが不可欠。 | 株式会社ハウジングネット事例紹介(2024年) https://www.housingnet.jp/case/10g.html |
これらの事例から、①既存物件でも諦めない(技術的な解決策はある)、②賃貸と分譲では意思決定プロセスが根本的に異なる、という2点が重要な教訓として浮かび上がります。
管理委託契約書の見直しも必須
10G光回線の導入は、管理会社の業務範囲にも影響します。導入を機に、管理組合と管理会社の間で結ばれている「管理委託契約書」の内容を見直しましょう。
特に確認すべきは、「通信設備の保守・管理」に関する条項です。国土交通省が定めた「マンション標準管理委託契約書」(2021年6月改正版)の別表第1「管理事務の内容」では、以下の点を明確に定めておくことが標準とされています。
管理委託契約書 別表第1(管理事務の内容)
1.基幹事務
(4) その他
ホ.本マンションに敷設されたインターネット通信設備(共用部に設置された機器に限る)について、障害発生時の一次対応(状況確認及び専門業者への連絡)を行う。なお、機器の修理・交換に伴う費用は、管理組合の負担とする。
障害発生時の対応窓口はどこか、機器の交換費用は誰が負担するのか、といった責任分界点をあらかじめ書面で合意しておくことが、円滑な維持管理の鍵となります。実契約が最優先されるため、個別の管理委託契約条項を確認してください。
まとめ:未来の資産価値を高めるための経営判断
マンション全戸への10G光回線導入は、単なる「インターネット回線の高速化」ではありません。それは、在宅勤務や新しいライフスタイルに対応し、将来にわたってマンションの資産価値を維持・向上させるための重要な経営判断です。
導入には、区分所有法に基づく特別決議という高いハードルがあり、費用負担や合意形成など、乗り越えるべき課題も少なくありません。しかし、そのプロセスを丁寧に進めること自体が、管理組合の運営力強化にも繋がります。
本記事で解説したステップや法的要件、実務上のヒントを参考に、まずは理事会での議論から始めてみてはいかがでしょうか。専門家の知見も借りながら、ご自身のマンションにとって最適な選択肢を見つけることが、快適で価値ある住環境の実現に向けた第一歩となるはずです。
免責事項
本記事は、2025年12月22日時点の法令や情報に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。個別具体的な案件に関する法的助言を行うものではありません。
■ 重要な法的限定
本記事の記述は、一般的な情報提供を目的としています。個別のマンションの決議要件や契約内容は、ご自身のマンションの管理規약・管理委託契約に従うものとし、本記事の記述とお使いのマンションの規約に矛盾がある場合は、必ず以下にご相談ください:
本記事は法律相談に代わるものではなく、弁護士法72条(非弁行為禁止)に抵触しない範囲での情報提供に留まります。
光回線導入の検討にあたっては、必ず最新の法令、ご自身のマンションの管理規約、および専門家(弁護士、マンション管理士等)の助言をご確認ください。実際の契約にあたっては、個別の契約条項が最優先されます。
参考資料
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

