小規模マンションは「物理的な余白」と「人的リソース」が限られます。だからこそ、置き方・伝え方・回し方を最適化すれば、防災は十分に強くできます。本稿は、保管場所の設計から数量試算、共助/自助の線引き、トイレ対策、訓練シナリオ、マニュアル章立て、年次ルーチン、規約・細則まで実務に直結する形で整理しました。まずは簡単なものから着手し、翌期の総会で制度化しましょう。
前提整理:小規模マンションの主要リスク
- 地震:エレベーター停止、受水槽・配管損傷、ガス停止、共用部の小破。
- 風水害:停電・断水、機械室浸水、長時間のライフライン寸断。
- 情報遮断:携帯通信の輻輳、共用掲示だけでは到達しない住戸の発生。
- トイレ機能喪失:断水・停電・下水被害で水洗不可に。特にマンションは汲み上げ停止で使えなくなりやすい点を前提に計画(国の避難所トイレ指針でもマンションは水が汲み上げられず水洗不可になりやすい制約に言及)。防災情報ポータルサイト
保管場所の設計(デッドスペース活用と見える化)
- 空間の優先順位:管理員室・倉庫>機械室前の余白>廊下端部の上部空間(天吊り)>エレベーターかご内隅のマグネット固定ボックス(工具類)。
- 収納の規格化:薄型コンテナに統一/「棟-階-区分-更新年月」の同一ラベリング。
- 鍵の扱い:非常時開錠手順を掲示し、誰でも取り出せる動線を確保。
- “見える化”:掲示板・全戸配布・デジタル版で平面図+在庫表を公開(管理番号・数量・最終点検日)。
- 温湿度と防火:食品・電池・蓄電池は温度管理、発電機・燃料は防火・換気・可燃物距離を徹底。
共助/自助の線引きと品目仕様
共助(管理組合が備える:全員の命・最低限生活を守る共有品)
- 救助・安全:ヘルメット、バール、ジャッキ、担架、養生資材、粉じん対策。
- 電源・情報:大容量蓄電池/発電機、拡声器、ラジオ、充電ハブ、ライト。
- 衛生:非常用トイレ(後述の数量式に基づき算出)、消毒、消臭、仕切り。
- 救急:止血・固定・保温の基本セット。
- 記録:無線・ホワイトボード・掲示ポケット、配布テンプレ(安否・物資配布票)。
自助(各家庭が備える:各自の生活維持)
- 水:1人1日3Lが目安。最低3日分、推奨7日分。自治体でも3日→1週間以上の備蓄を推奨。江戸川区公式サイト東京都交通局広報
- 食:主食・主菜・栄養補助をローリングストックで循環。政府オンライン
- 生活:ライト、電池、簡易トイレ、常備薬、防寒・暑熱対策、充電手段。
- 個別事情:乳幼児・高齢者・ペット・医療ニーズに合わせた品。
原則:高額・高機能は共助/日用消費は自助でムダなく強い体制に。
数量計画:水・食料・トイレ・電源の試算式
1. 水(自助が基本、共助は“初動支援枠”)
- 自助必要量=居住人数×3L×日数(3〜7)。
- 例:20戸・35人なら、7日分で735L(2Lペットボトル約368本)。
- 共助の水はスペース制約から**初動支援用(例:1人0.5〜1日分)**に枠を限定し、各戸の自助7日分を周知徹底。
2. 食料
- 自助を原則。共助はアレルギー配慮や要援護者用の緊急食を狙い撃ちで。
3. 非常用トイレ(最重要)
- 個人用(便袋):1人1日5回×日数を基準に、家庭備蓄で確保。
- 共助(共用設置トイレ):
- 発災当初:避難者約50人に1基、長期化:20人に1基を目安。
- 例:35人なら初期1基/長期2基程度を想定し、便袋・囲い・照明・清掃具・消臭をセットで揃える。
上記の人数当たり基準と1人1日5回の目安は、国の避難所トイレ指針に示される代表的な計画値。防災情報ポータルサイト
4. 電源
- 発電機:長時間・高出力。燃料保管・排気・騒音対策が必須。
- 蓄電池:屋内運用・低騒音・保守容易。避難所の情報・充電拠点として強い。
- 選定は用途(ポンプ起動/照明・充電)×連続運転時間×保守人員で。
在庫台帳と年次ルーチン(点検・更新・予算)
- 在庫台帳:品目/数量/単価/保管場所/責任者/点検日/次回更新日。
- 年1回一斉点検(最低ライン):水・食品の期限、電池・ライト・拡声器の動作、蓄電池の残量・セル劣化、トイレ在庫。
- 半期点検(推奨):発電機始動、蓄電池サイクル運用。
- 更新の工夫:期限間近の非常食は住民配布→更新費の可視化。
- 予算化:修繕積立金とは別枠で「防災備蓄更新費」を計上。理事長緊急支出枠も規約・細則に明記(後述)。
情報共有と多言語・プライバシー配慮
- 多重化:掲示板+紙配布+掲示ポケット+デジタル(掲示の写真配信)。
- 多言語:日本語・英語・ピクトグラム。トイレ利用・手洗い・消毒の掲示は外国語併記が望ましい。国の指針でも掲示の多様性に配慮を求めている。防災情報ポータルサイト
- 個人情報:要援護者名簿は同意取得・閲覧権限・保管方法を明確化。
要援護者支援と夜間・停電・EV停止時の運用
- 要援護者台帳:支援内容・連絡先・キーボックスの有無・医薬品情報の本人同意に基づく最小限を記載。
- 夜間地震:暗所照明・階段手動照明・担架動線確認。
- エレベーター停止:搬送担当の割り当て、踊り場での一時休憩ポイント、合図用の拡声器。
- 断水時トイレ:水洗使用禁止の判断フローと切替手順、マンホールトイレ/携帯トイレの展開順。防災情報ポータルサイト
訓練:72時間シナリオ/豪雨停電シナリオ
- 年間計画:少なくとも年1回、避難導線+備品操作(担架・トイレ設置・発電/蓄電運用)を実施。東京都の「マンション防災」でも、初期消火や救護、受水槽・自家発電機の見学等の訓練例が紹介されている。防災東京
- 72時間シナリオ:発災直後〜3日間の意思決定・物資配布・安否確認の時系列を演習。
- 豪雨停電シナリオ:長時間停電+下水逆流の想定で、トイレ運用・居場所確保・熱中症/低体温対策を訓練。
防災マニュアルの章立てテンプレ
- 目的・適用範囲
- 体制(理事会・防災担当・代行順位)
- 連絡網・安否確認フロー(戸別掲示→集合場所→連絡)
- 保管場所平面図・鍵・在庫台帳
- 共助品/自助品リスト(数量基準・更新ルール)
- トイレ運用(切替基準・設置手順・清掃・防犯・男女区分・配慮事項)防災情報ポータルサイト
- 電源運用(始動手順・換気・点検)
- 訓練計画(年度)
- 要援護者支援(同意・権限・情報管理)
- 記録・報告・改善(PDCA)
調達・契約・外部連携
- 災害用トイレ:便袋・凝固剤・囲い・照明・清掃具をセットで。
- 設置協定:仮設トイレ設置の協定雛形を参考に、自治体・事業者との連携を検討(国のガイドラインに協定書案あり)。防災情報ポータルサイト
- 運搬:階段手搬送・台車・滑車など垂直搬送手段も確保。
規約・細則の整備ポイント(緊急時の権限・費用枠)
- 理事長の緊急権限:災害等の緊急時には理事長単独で保存行為を実施可能。応急修繕まで単独判断可能とする規定の検討や、単独支出の上限額を規約で事前設定する考え方が国の標準管理規約コメントで示されている。国土交通省
- 防災細則:物資管理・鍵管理・訓練・情報公開・個人情報保護の運用を細則化。
- 会計:「防災備蓄更新費」を管理費会計に区分計上し、翌期以降も継続可能に。
よくある落とし穴/回避策
- “買って終わり”:在庫台帳・年次予算・担当者指名がなければ1年で形骸化。
- 共助が過大:共助に寄せすぎるとスペース・費用で詰む。水・食は自助7日を徹底。江戸川区公式サイト
- トイレ軽視:最初に詰まるのはトイレ。人数基準×便袋×照明/清掃までセットで確保。防災情報ポータルサイト
- 情報が届かない:掲示だけでなく配布+撮影配信を標準化。
- 燃料・排気の軽視:発電機は防火・換気・騒音の運用ルールを前提に導入。
チェックリスト
項目 | 実施状況 |
---|---|
保管場所の確保(共用部・収納)と図解表示 | ☐ |
保管場所の情報共有(掲示・資料配布) | ☐ |
管理組合と各家庭の備品リスト明確化 | ☐ |
年1回の備品チェックと更新体制整備 | ☐ |
防災マニュアルの整備(責任者・ルール明記) | ☐ |
防災訓練・安否確認システム導入 | ☐ |
要援護者名簿の作成と更新 | ☐ |
まとめ
小規模マンションでも、防災対策は「備える・整える・続ける」の三段階が重要です。限られたリソースを有効活用するため、管理組合と各家庭の役割を明確にし、定期的な点検と訓練を仕組み化することで、災害に強いマンションづくりを進めましょう。まずは、理事会や総会で防災対策の具体的な取り組みを議題として検討することから始めてみませんか。
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