※本コラムの内容は、当社が独自に調査・収集した情報に基づいて作成しています。無断での転載・引用・複製はご遠慮ください。内容のご利用をご希望の場合は、必ず事前にご連絡をお願いいたします。
自主管理マンションの理事長に輪番制で就任したものの、その役割や責任の重さに戸惑いを感じていませんか。「ボランティアだから」と軽く考えていると、思わぬトラブルに巻き込まれ、個人として責任を問われるケースも少なくありません。特に、法律や会計の専門知識がない場合、何から手をつければ良いのか、どこまでが自分の責任範囲なのか、不安は尽きないでしょう。
この記事では、宅地建物取引士の知見を活かし、自主管理マンションの理事長が直面する課題を網羅的に解説します。理事長の法的な位置づけから具体的な業務内容、実際に起こりうるトラブル事例、そして一人で抱え込まないための負担軽減策まで、体系的に理解できるよう構成しました。この記事を読めば、理事長としての責務を正しく理解し、適切な備えをすることで、安心して任期を全うするための道筋が見えるはずです。
はじめに:輪番制で理事長に…その責任、本当に理解していますか?

多くの自主管理マンションでは、理事長を含む役員が輪番制で選出されます。しかし、その役割の重要性や法的な責任について、十分な説明がないまま引き継がれることも珍しくありません。
「ボランティアだから大丈夫」は大きな誤解
理事長の業務は無報酬であることがほとんどです。そのため、「ボランティア活動なのだから、何かあっても大きな責任は問われないだろう」と誤解されがちです。
しかし、法律上、理事長は管理組合から重要な業務を委任された「受任者」という立場です。たとえ無報酬であっても、その職業や社会的地位に応じて通常期待されるレベルの注意を払う義務、すなわち「善管注意義務」という重い責任を負っています。この義務を怠った結果、管理組合に損害を与えた場合、個人として損害賠償を請求される可能性があるのです。
この記事でわかること:理事長の役割からリスク回避策まで
この記事では、新任の理事長が抱える不安を解消するため、以下の点を網羅的に解説します。
- 法的責任の根拠:なぜ理事長は重い責任を負うのか、法律や規約の定めを解説
- 具体的な仕事内容:総会運営から会計監督、トラブル対応まで、理事長の主要業務を一覧化
- 典型的なリスク事例:実際に理事長が責任を問われた裁判例の傾向
- 負担を軽くする方法:一人で抱え込まず、専門家やITツールを活用する具体的な手法
正しい知識を身につけ、適切な対策を講じることで、理事長という大役を乗り越えましょう。
【法的根拠】自主管理マンション理事長の「管理者」としての地位と重い責任

理事長の責任の根拠は、法律や管理規約に明確に定められています。ここでは、その根幹となる3つのポイントを解説します。(※本セクションの条文は、2025年10月17日時点でe-Gov法令検索にて最新版を確認しています)
根拠1:区分所有法上の「管理者」としての立場
多くのマンション管理規約では、理事長が「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」に定められた「管理者」に該当すると規定されています。
管理者は、管理組合の代表者として、総会の決議に基づき、共用部分の保存行為や管理組合の事務を執行する権限を持ちます(区分所有法第26条)。つまり、理事長は単なる「まとめ役」ではなく、法律に基づいて管理組合を代表し、業務を執行する権限と責任を持つ重要な役職なのです。
根拠2:民法上の「善管注意義務」とは?
管理組合と理事長の関係は、法律上「委任契約」と解釈されます(民法第643条)。そして、委任された側(受任者である理事長)は、委任者(管理組合)に対して「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務」を負います。これを「善管注意義務」と呼びます(民法第644条)。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
(出典:e-Gov法令検索「民法」)
「善良な管理者の注意」とは、その人の職業や社会的地位からみて、一般的に期待されるレベルの注意力を指します。理事長の場合、「マンション管理の責任者として、通常払うべき注意を払って業務を行うこと」が求められます。これは無報酬であっても免除されません。
根拠3:標準管理規約が定める「誠実義務」
国土交通省が作成した「マンション標準管理規約」では、役員の義務として、民法の善管注意義務をさらに具体化した「誠実義務」が定められています。
(記載例)マンション標準管理規約(単棟型) 第37条(令和5年6月改正版) |
---|
役員は、法令、規約及び使用細則等並びに総会及び理事会の決議に従い、組合員のため、誠実にその職務を遂行するものとする。 |
この誠実義務は、理事長が管理組合全体の利益を最優先に考え、私利私欲を捨てて公平に業務を遂行すべきことを明確にしたものです。これらの法的根拠により、自主管理マンションの理事長は非常に重い責任を負っているのです。
【業務一覧】理事長の7つの主要な仕事内容と注意点

自主管理マンションの理事長の業務は多岐にわたります。ここでは、主要な7つの仕事内容と、特に注意すべきポイントを解説します。
① 総会・理事会の運営(招集・議長・議事録作成)
理事長は、管理組合の最高意思決定機関である「総会」と、業務執行機関である「理事会」を主宰します。
- 招集:定められた時期(通常、事業年度終了後2ヶ月以内)に通常総会を招集します。
- 議長:総会や理事会の議長を務め、円滑な議事進行を図ります。
- 議事録作成:議事の経過と結果を記録し、署名・捺印の上で保管する義務があります。
② 会計業務の監督(予算・決算、管理費徴収・滞納督促)
自主管理マンションで最もリスクが高いのが会計業務です。理事長は会計担当理事が行う業務を監督する最終責任を負います。
- 予算・決算:事業計画案や予算案、決算報告書を作成し、総会の承認を得ます。
- 管理費等の徴収:組合員から管理費や修繕積立金を徴収し、管理します。
- 滞納者への督促:管理費の滞納者に対して、規約に基づき督促を行います。
【理事長の会計監督責任】
会計担当者に任せきりにするのは非常に危険です。理事長は、通帳と印鑑が別々に保管されているか、定期的に通帳の残高を確認する、監査役による監査が形骸化していないかチェックするなど、具体的な監督行動が求められます。
③ 建物の維持管理・修繕(長期修繕計画、業者手配)
マンションの資産価値を維持するため、建物の維持管理は重要な業務です。
- 日常の維持管理:共用部分の清掃、植栽の手入れ、小規模な修繕などを計画・実行します。
- 法定点検:消防設備点検やエレベーター点検などを、法令に従い専門業者に依頼し、実施します。
- 大規模修繕:長期修繕計画に基づき、大規模修繕工事の検討、業者選定、総会での合意形成を進めます。
④ 管理規約・議事録等の保管と閲覧対応
理事長(管理者)は、管理規約、総会議事録、会計帳簿などの重要書類を保管する義務があります(区分所有法第33条)。また、利害関係者から請求があった場合には、正当な理由なく閲覧を拒むことはできません。
⑤ トラブルの初期対応(騒音、漏水、迷惑行為など)
住民間のトラブルが発生した場合、理事長が初期対応の窓口となることが多くあります。
- 事実確認:当事者双方から公平に話を聞き、状況を客観的に把握します。
- 注意喚起:掲示板での告知や書面での通知など、規約に基づき適切な対応をとります。
- 専門家への相談:問題が複雑化・長期化しそうな場合は、早めに弁護士などの専門家に相談することが重要です。
⑥ 組合員への報告義務
理事長は、管理組合の業務執行状況について、定期的に組合員へ報告する義務があります(民法第645条)。総会での事業報告のほか、広報誌の発行などを通じて、管理組合運営の透明性を確保することが求められます。
⑦ 管理組合の「顔」としての対外的な窓口業務
理事長は、行政機関や近隣住民、取引業者など、外部に対する管理組合の代表者(顔)としての役割も担います。
【リスク事例】理事長個人が責任を問われる典型的なケースと裁判例の方向性

善管注意義務に違反したと判断された場合、理事長個人が管理組合に対して損害賠償責任を負う可能性があります。ここでは、実際に責任が問われやすい典型的なケースを紹介します。
Case1:会計不正の見逃し・放置(最も多いリスク)
会計担当理事や一部の役員による管理費の横領・着服は、自主管理マンションで最も警戒すべきリスクです。理事長が会計業務を任せきりにし、通帳の確認や監査役との連携を怠った結果、不正を発見できずに損害が拡大した場合、監督責任を怠ったとして善管注意義務違反を問われる可能性があります。
過去には、理事長の監督不行き届きが原因で横領被害が拡大したとして、損害額の1割について理事長個人の賠償責任を認めた裁判例もあります。ただし、賠償範囲は理事長の義務違反の程度や管理組合の実情によって個別に判断されます。
なお、組合資金の横領は民事責任だけでなく、刑法上の業務上横領罪(刑法第253条)などの刑事責任を問われる可能性もある重大な行為です。
Case2:不適切な業者選定による組合への損害
大規模修繕工事などで、特定の業者と不透明な癒着関係を持ち、相場より著しく高額な契約を結んだり、リベートを受け取ったりした場合は、組合に対する背任行為となります。また、特定の業者に利益を供与する意図はなくても、相見積もりを取らないなど、業者選定プロセスが著しく不合理であった結果、組合に損害を与えた場合も責任を問われる可能性があります。このような行為は、刑法上の背任罪(刑法第247条)に該当する可能性もあります。
Case3:必要な修繕の懈怠による資産価値の毀損
雨漏りや設備の故障など、建物の安全性や資産価値に重大な影響を及ぼす不具合を認識しながら、正当な理由なく放置し続けた場合も、理事長の責任が問われます。例えば、放置した結果、被害が拡大してより高額な修繕費用が必要になった場合、その差額分について損害賠償を求められる可能性があります。
Case4:管理費滞納者への対応の遅れ・放置
管理費の滞納を長期間放置した結果、改正民法(令和2年4月1日施行)に基づく時効期間(権利を行使できることを知った時から5年、民法第166条第1項)によって債権が回収不能になった場合、督促業務を怠ったとして責任を問われることがあります。(※2025年10月17日時点の民法で確認)
規約に定められた督促手続きを適切に実行し、必要であれば弁護士に相談の上、支払督促や訴訟といった法的措置を検討する姿勢が求められます。
責任が生じる場合・生じない場合の判断基準は「故意・重過失」の有無
重要なのは、理事長のすべての判断ミスが即座に損害賠償に繋がるわけではない、という点です。裁判所が責任を認めるのは、一般に理事長に「故意(わざと)」または「重過失(通常求められる注意を著しく欠いた状態)」があったと判断される場合に限られます。
- 責任が生じにくい例:複数の専門業者の意見を聞き、理事会で十分に議論した上で決定したが、結果的にうまくいかなかった。
- 責任が生じやすい例:個人的な付き合いのある業者に、相見積もりも取らずに高額な工事を発注した。
通常の注意を払い、誠実に業務を行っていれば、過度に恐れる必要はありません。
【負担軽減】一人で抱え込まない!理事長の業務を軽くする具体的な方法

理事長の責任は重いですが、そのすべてを一人で背負う必要はありません。ここでは、業務負担を軽減し、リスクを分散させるための具体的な方法を4つ紹介します。
方法1:マンション管理士・弁護士など外部専門家へのスポット相談
専門的な知識が必要な場面では、迷わず外部の専門家を活用しましょう。
- マンション管理士:管理規約の見直し、長期修繕計画の策定、総会運営のコンサルティングなど、マンション管理運営全般の専門家です。
- 弁護士:管理費の滞納回収(法的措置)、住民間トラブルの解決、契約書のリーガルチェックなど、法律問題の専門家です。
必要な時にだけ相談する「スポット契約」であれば、費用を抑えながら的確なアドバイスを得られます。
方法2:会計ソフトやコミュニケーションツールなどITの活用
会計業務の透明化や情報共有の効率化には、ITツールの導入が有効です。
- クラウド会計ソフト:収支の状況がリアルタイムで複数の役員に共有でき、不正の抑止力になります。
- グループウェア・SNS:理事会の日程調整や議事録の共有がスムーズになり、業務効率が向上します。
方法3:役員内での適切な業務分担とチェック体制の構築
理事長の業務を、副理事長や他の理事と明確に分担することが重要です。特に会計業務では、「通帳を保管する人」と「印鑑を保管する人」を分けるなど、相互にチェックできる体制を構築することが不正防止の基本です。
方法4:理事長賠償責任保険への加入検討
万が一、善管注意義務違反で損害賠償請求をされた場合に備え、「個人賠償責任保険」やマンション管理組合向けの「役員賠償責任保険」への加入を検討するのも一つの方法です。保険に加入しているという事実が、理事のなり手不足解消の一助となる側面もあります。
最終手段としての「一部委託」と管理会社選定の現実

自主管理のメリットは維持しつつ、理事長の負担を抜本的に軽減したい場合、「一部委託」という選択肢があります。
「自主管理」を維持しつつ、負担の大きい業務だけを委託する
一部委託とは、管理の主体はあくまで管理組合(自主管理)のまま、負担の大きい特定の業務だけを専門業者にアウトソースする形態です。
- 会計業務:管理費の徴収、未納者への督促、収支報告書の作成など。
- 清掃・点検業務:共用部の日常清掃や、消防設備・エレベーターなどの法定点検。
これにより、理事会はマンション全体の運営方針の決定など、より重要な業務に集中できます。
相見積もりは2〜3社が現実的。過度な依頼が敬遠される理由
業者を選定する際、相見積もりは必須ですが、やみくもに多くの会社へ依頼するのは得策ではありません。特に20〜40戸規模のマンションの場合、相見積もりは2〜3社程度に絞ることが、実務上の一つの目安とされています。
なぜなら、管理会社が見積もりを作成するには、現地調査、会計状況の確認、清掃や各種点検の外注先との打ち合わせなど、多大な時間と労力がかかるからです。5社も6社も相見積もりを取るような管理組合は、管理会社から「手間がかかる割に受注できる可能性が低い」と判断され、質の高い提案を受けにくくなる可能性があります。
見積もり依頼時の注意点:「一式」ではなく項目別の内訳を求める
見積もりを依頼する際は、必ず項目別の内訳を提出してもらいましょう。「管理委託費一式」といった大まかな見積もりでは、各業務の費用が適正か判断できません。「事務管理業務費」「清掃業務費」「設備管理業務費」など、業務ごとの詳細な内訳を求めることで、サービス内容と費用の比較検討がしやすくなります。
まとめ:適切な知識と備えで、理事長の重責を乗り越えよう

本記事では、自主管理マンションの理事長が負う法的な責任、具体的な業務内容、そしてその負担を軽減するための実践的な方法について解説しました。
理事長という役職は、無報酬でありながら、民法上の「善管注意義務」という重い責任を伴います。しかし、その責任を正しく理解し、一人で抱え込まずに適切な対策を講じることで、リスクを管理し、安心して任期を全うすることが可能です。
- 法的責任を理解する:ボランティアでも責任は免れないことを認識する。
- 業務の全体像を把握する:特に会計監督の重要性を理解し、チェック体制を構築する。
- 一人で抱え込まない:役員内での業務分担や、専門家・ITツールの活用を積極的に検討する。
- 「一部委託」も視野に入れる:負担が過重な場合は、業務のアウトソースも有効な選択肢。
輪番制で突然就任することの多い理事長ですが、あなたのマンションの資産価値と快適な住環境を守る、非常にやりがいのある重要な役割です。この記事で得た知識が、あなたの理事長としての活動の一助となれば幸いです。
【免責事項】
本記事は、自主管理マンションの理事長の役割に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の事案に対する法的アドバイスではありません。個別のトラブルや法律問題については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。また、法令やマンション標準管理規約は改正される可能性があります。最新の情報や、ご自身のマンションの管理規約の定めが最優先される点にご留意ください。
参考資料
- e-Gov法令検索「建物の区分所有等に関する法律」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069
- e-Gov法令検索「民法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
- e-Gov法令検索「刑法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=140AC0000000045
- 国土交通省「マンション標準管理規約(単棟型)」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。