※本コラムの内容は、当社が独自に調査・収集した情報に基づいて作成しています。無断での転載・引用・複製はご遠慮ください。内容のご利用をご希望の場合は、必ず事前にご連絡をお願いいたします。
マンション管理組合の理事や修繕委員の皆様にとって、エレベーターの修繕は避けて通れない重要な課題です。築年数が経過すると、部品の劣化や機能の陳腐化は避けられず、安全性や資産価値の維持のために計画的な更新が不可欠となります。しかし、その費用は高額で、リニューアルの種類も多岐にわたるため、「何から手をつければ良いのかわからない」という方も多いのではないでしょうか。
この記事では、エレベーター修繕の必要性から、リニューアルの3つの標準方式、費用と工期、そして失敗しないための具体的な進め方までを網羅的に解説します。法的根拠や専門用語もわかりやすく説明し、管理組合が適切な意思決定を下すためのロードマップを提示します。計画的なエレベーター修繕は、住民の安全な暮らしとマンションの価値を未来へつなぐための重要な投資です。
はじめに:エレベーター修繕はなぜ必要?法的根拠と検討のタイミング
エレベーターの修繕は、単なるメンテナンスではなく、マンション全体の資産価値と居住者の安全を守るための法的な義務を伴う重要な事業です。
定期的な修繕はマンションの資産価値と安全を守る義務
エレベーターはマンションの共用部分であり、その維持管理は管理組合の責任です。経年劣化による故障は、居住者の生活に多大な不便をもたらすだけでなく、重大な事故につながる危険性もはらんでいます。
計画的な修繕を行うことは、安全性を確保し、マンションの資産価値を維持するために不可欠な責務と言えるでしょう。
「修繕」と「保守点検」の違いとは?
この二つの用語は混同されがちですが、目的と費用負担が明確に異なります。
- 保守点検: 故障の予防や早期発見を目的とした定期的な点検・整備です。建築基準法第12条に基づき、年1回以上の検査と特定行政庁への報告が義務付けられています。費用は、日常管理に使われる「管理費」から支出されます。部分的な部品交換(部分修繕)は、この保守点検の範疇として扱われることが多く、応急処置的な対応となります。
- 定期修繕(リニューアル): 劣化した部品や設備全体を計画的に交換・更新する大規模な工事です。建物の初期性能を回復・向上させることを目的とし、費用は将来のために積み立てる「修繕積立金」から支出するのが一般的です。
この違いを理解することは、適切な資金計画を立てる上で非常に重要です。
法定耐用年数と交換の目安時期
エレベーターの寿命を考える上で、いくつかの指標があります。
- 法定耐用年数: 税法上の資産価値を計算するための期間で17年と定められています(出典:減価償却資産の耐用年数等に関する省令 第9条)。
- メーカーが示す計画耐用年数: 主要部品の設計上の寿命で、20年〜25年程度が一般的です。
- リニューアルの実施時期: 実際には、多くのマンションで築25年〜30年を目安に大規模なリニューアル工事が検討・実施されています。
特に、メーカーからの部品供給が停止する時期(一般的に製造中止後約20年)が、実質的なリニューアルのタイムリミットとなります。供給が止まると、故障時に修理ができなくなる可能性があるため、早めの計画着手が賢明です。
【比較】エレベーターリニューアルの3つの標準方式と選択基準
エレベーターのリニューアルには、工事の範囲や費用に応じて主に3つの標準方式があります。それぞれの特徴を理解し、ご自身のマンションに最適な方法を選びましょう。
② 制御リニューアル
エレベーターの頭脳にあたる「制御盤」や、心臓部である「巻上機」など、制御システム全体を更新する工法です。かごやレールは既存のものを流用します。
- メリット: コストを抑えつつ、安全性や省エネ性能を大幅に向上できる。工事期間も比較的短い。
- デメリット: 乗り心地やデザイン、かごの広さなどは変わらない。
③ 準撤去リニューアル
制御システムに加え、かごや出入り口なども交換する工法です。ガイドレールなど、建物の構造躯体に関わる一部の部品は流用します。
- メリット: デザインを一新でき、バリアフリー対応など最新の機能を追加しやすい。資産価値向上への貢献度が高い。
- デメリット: 制御リニューアルに比べて費用が高くなり、工事期間も長くなる。
④ 全撤去新設リニューアル
ガイドレールも含め、エレベーターの全ての部品を撤去し、完全に新しいものに入れ替える工法です。
- メリット: 最新の技術・デザインを導入でき、建物のイメージを刷新できる。最新の建築基準法に完全準拠可能。
- デメリット: 費用が最も高額になり、工事期間も長くなるため、居住者への影響が大きい。
コストと工期のバランスを重視するなら「制御リニューアル」、資産価値の向上も視野に入れるなら「準撤去リニューアル」以上が主な選択肢となります。
まとめ:わが家のマンションに最適な方法は?
どの方法が最適かは、マンションの築年数、修繕積立金の状況、居住者のニーズによって異なります。以下の比較表を参考に、管理組合内で議論を深めましょう。
| 工法の種類 | メリット | デメリット | 推奨されるケース |
|---|---|---|---|
| ② 制御リニューアル | ・コストパフォーマンスが高い ・安全性、省エネ性が向上 | ・デザインや乗り心地は変わらない | ・築25年前後 ・コストと機能改善のバランスを重視 |
| ③ 準撤去リニューアル | ・デザインを一新できる ・バリアフリー対応などが可能 | ・費用が高い ・工期が長くなる | ・築30年以上 ・資産価値向上を強く意識する場合 |
| ④ 全撤去新設 | ・完全に最新化できる ・最新法令に完全準拠 | ・費用が最も高額 ・工期が非常に長い | ・耐用年数を大幅に超過 ・抜本的なリニューアルが必要な場合 |
エレベーター修繕の費用はいくら?内訳と修繕積立金からの捻出
エレベーター修繕は高額な費用がかかるため、資金計画は非常に重要です。費用の目安と、その財源となる修繕積立金の扱いについて解説します。
工法別の費用目安
費用はエレベーターの仕様(ロープ式/油圧式、積載量、停止階数)や業者によって大きく変動します。以下の要因で大幅に異なるため、必ず2〜3社から見積もりを取得してください(参考:国土交通省『マンション修繕工事白書』等)。具体的な数値は個別の状況により異なりますので、相場としてではなく参考情報としてお考えください。
| 工法の種類 | 費用目安(1基あたり) |
|---|---|
| ② 制御リニューアル | 費用は仕様により変動。詳細は見積もりで確認を |
| ③ 準撤去リニューアル | 費用は仕様により変動。詳細は見積もりで確認を |
| ④ 全撤去新設 | 費用は仕様により変動。詳細は見積もりで確認を |
費用の主な内訳(機械装置費・工事費・管理調整費)
業者から見積もりを取る際は、「一式」という表記に注意が必要です。必ず詳細な内訳を確認しましょう。主な内訳は以下の3つです。
- 機械装置・部品費: 制御盤、巻上機、かご、操作盤などの機器本体の費用。
- 工事・施工費: 既存設備の解体、新規設備の設置、配線工事などにかかる人件費や技術料。
- 管理調整費: 現場管理、安全対策、諸経費など、工事全体を円滑に進めるための費用。
内訳を確認することで、費用の妥当性を判断しやすくなり、業者との交渉材料にもなります。
修繕積立金からの充当と決議要件
エレベーターのリニューアル費用は、日常の管理費ではなく、将来の大規模修繕のために積み立てられている「修繕積立金」から支出されます。ただし、原則として可能ですが、(1)修繕積立金残高が不足している場合、(2)管理規約で別段の定めがある場合、(3)長期修繕計画との不整合がある場合は、一時金徴収や計画変更が必要になることがあります。詳細は管理会社・マンション管理士に相談ください。
この支出には、ご自身のマンションの管理規約および区分所有法第17条1項に基づく総会での決議が必要です。特にエレベーターのリニューアルは、多くの場合「共用部分の著しい変更」にあたり、区分所有者および議決権の各3/4以上の多数による「特別決議」が必要となります。ただし管理規約で別段の定めがある場合は規約が優先されます。ご自身のマンションの管理規約を必ず確認の上、専門家に相談してください。
安易に過半数の「普通決議」で進めてしまうと、後から決議の無効を主張されるリスクがあるため、慎重に進めてください。
工事期間とエレベーター停止中の生活への影響と対策
リニューアル工事中はエレベーターが停止するため、居住者の生活に大きな影響が出ます。事前の対策と周知が、トラブルを防ぐ鍵となります。
工法別の工事期間と完全停止日数
工事の期間も工法によって大きく異なります。目安として以下の期間が想定されますが、建物・既存設備の状態により異なるため、見積もり段階で業者に詳細なスケジュールを確認してください。
- 制御リニューアル: 全工事期間は通常2〜3週間程度ですが、エレベーターが完全に停止するのは1週間前後が一般的です。
- 準撤去・全撤去リニューアル: 工事範囲が広いため、2週間〜1ヶ月以上にわたってエレベーターが使用できなくなる場合があります。
工事期間中は、階段の利用が必須となるため、居住者、特に高齢者や小さなお子様がいる家庭、車椅子利用者にとっては深刻な問題です。
高齢者や車椅子利用者のための代替策
管理組合として、工事期間中の生活をサポートするための対策を検討することが不可欠です。具体的な対策例として、以下のようなものが考えられます。
- 情報提供の徹底: 工事スケジュール、停止期間、注意事項を記載した案内文を全戸に配布し、掲示板にも明示する。
- ポーターサービスの検討: 荷物の運搬をサポートする人員を時間限定で配置する。
- 宅配ボックスの増設や一時利用: 宅配業者の負担軽減と、居住者の荷物受け取りを円滑にする。
- 福祉サービスとの連携: 訪問介護などを利用している居住者がいる場合、事前にケアマネージャーや事業者と情報を共有し、対応を協議する。
- 休憩スペースの設置: 階段の踊り場などに椅子を設置し、休憩できるようにする。
これらの対策を事前に計画し、居住者に丁寧に説明することで、工事への理解と協力を得やすくなります。
失敗しないための進め方|管理組合の意思決定5ステップ
エレベーター修繕を成功させるためには、計画的で透明性の高いプロセスが重要です。以下の5つのステップで進めましょう。各ステップの実施にあたっては、必ず管理会社・マンション管理士・建築士等の専門家に相談してください。
ステップ1:現状把握と専門家への初期相談
まずは、長期修繕計画書でエレベーターの更新時期を確認し、修繕積立金の残高を把握します。その上で、日頃の保守点検を依頼しているエレベーター会社や、マンション管理会社に現状の診断を依頼し、専門的な見解を聞きましょう。必ず管理会社・マンション管理士・建築士等の専門家に相談してください。
ステップ2:修繕方式の選定と概算予算の確認
ステップ1の診断結果と、マンションの将来像(資産価値をどうしたいか等)を踏まえ、管理組合としてどのリニューアル方式(制御、準撤去など)を目指すのか、方向性を定めます。併せて、概算の予算規模を掴んでおきます。必ず管理会社・マンション管理士・建築士等の専門家に相談してください。
ステップ3:相見積もりの取得(2〜3社が現実的)
複数の業者から見積もりを取る「相見積もり」は、費用の妥当性を確認するために有効です。一般的には2〜3社が目安ですが、お持ちの管理規約や管理会社の方針によって異なります。最終的には管理会社・管理士と協議の上、実施してください。むやみに多くの業者(例:5社以上)に依頼するのは得策ではありません。詳細な見積もり作成には、現地調査や外注先との調整など、業者側に多大な労力がかかります。依頼が多すぎると、丁寧な対応をしてもらえなかったり、敬遠されたりする可能性があります。管理会社側は、管理委託内容の精査および、会計状況、そして1棟全体の管理費等の見積もり作成をするには3-4回ほど現地に足を運び、また清掃会社、EV点検、消防、警備など多岐にわたって外注先会社との打ち合わせを行ったうえで理事会数名との面談も数回こなすため労力がかかるため、2〜3社での相見積もりに対しては対応しやすいのが実情です。必ず管理会社・マンション管理士・建築士等の専門家に相談してください。
ステップ4:総会での修繕実施決議
業者からの提案内容、見積金額、工事期間などを比較検討し、依頼する業者と工法を内定します。そして、総会に議案として上程し、区分所有者からの承認を得ます。前述の通り、原則として区分所有者および議決権の各3/4以上の賛成による「特別決議」が必要です。ただし管理規約で別段の定めがある場合は規約が優先されます。必ず管理会社・マンション管理士・建築士等の専門家に相談してください。
ステップ5:契約と入居者への事前周知
総会で承認された後、正式に工事業者と契約を締結します。契約後は、工事の具体的なスケジュールや注意事項について、全居住者へ速やかに、そして繰り返し周知徹底することが非常に重要です。必ず管理会社・マンション管理士・建築士等の専門家に相談してください。
必ず確認!エレベーター修繕のFAQとチェックリスト
エレベーター修繕を進める上で、よくある疑問点と法的な注意点をまとめました。
Q1. 修繕の決議要件は?
A. 原則として、区分所有法第17条1項に基づき、区分所有者および議決権の各3/4以上の賛成による「特別決議」が必要です。ただし管理規約で別段の定めがある場合は規約が優先されます。軽微な変更でない限り、過半数の普通決議で足りると安易に判断せず、管理規約を確認の上、専門家に相談してください。
Q2. 最新の法律(建築基準法)に合わせる必要はある?
A. はい、必要です。リニューアル工事を行う際は、その時点での最新の建築基準法に適合させる必要があります。2025年4月施行の改正により、使用頻度が低く、人が危害を受けるおそれが少ないエレベーターについては建築確認等の手続きが不要とされました(詳細は建築基準法施行令第146条をご確認ください)。特に、地震時に最寄り階で停止する「地震時管制運転装置」や、扉が開いたままかごが動くのを防ぐ「戸開走行保護装置(UCMP)」の設置は、既存のエレベーターに無くても、改修時に対応が求められる重要な安全基準です。
Q3. 見積書は「一式」でも大丈夫?
A. いいえ、避けるべきです。必ず「機械装置費」「工事費」「管理調整費」などの詳細な内訳が記載された見積書を提出してもらいましょう。内訳が不明瞭だと、工事内容や費用の妥当性を判断できません。
【修繕計画チェックリスト】
□ 長期修繕計画で更新時期を確認したか?
□ 修繕積立金の残高は十分か?
□ 複数のリニューアル方式を比較検討したか?
□ 相見積もりは2〜3社に依頼したか?
□ 見積書に詳細な内訳はあるか?
□ 総会での特別決議(3/4以上)の準備はできているか?
□ 工事中の住民サポート策は計画されているか?
□ 最新の建築基準法への適合は確認済みか?
まとめ:計画的なエレベーター修繕でマンションの価値を未来へ
エレベーターの修繕は、マンション管理組合にとって一大プロジェクトです。高額な費用と居住者への大きな影響を伴うため、場当たり的な対応は禁物です。
重要なのは、「いつ」「どのレベルの」修繕を行うのかを長期的な視点で計画し、合意形成を進めることです。本記事で解説した「修繕と保守の違い」「3つのリニューアル標準方式」「費用と財源」「法的な手続き」といった知識は、そのための羅針盤となります。
専門家の助言も活用しながら、透明性の高いプロセスで計画的にリニューアルを実施することが、居住者の安全・安心な暮らしを守り、大切なマンションの資産価値を次世代へと引き継ぐ最善の道となるでしょう。
免責事項
本記事は、エレベーター修繕に関する一般的な情報提供を目的としています。本記事は一般的な情報提供であり、個別マンションの具体的な修繕計画策定、法的判断、工事仕様の決定を推奨するものではありません。管理規約を確認の上、必ずマンション管理士・建築士・弁護士等の専門家に相談し、自治体の建築部局へも確認ください。法令や制度は改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認ください。
参考資料
- 建物の区分所有等に関する法律(e-Gov法令検索)
- 建築基準法(e-Gov法令検索)
- 減価償却資産の耐用年数等に関する省令(e-Gov法令検索)
- マンション標準管理規約(国土交通省)
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。
