区分所有者の孤独死:特殊清掃費用負担の原則と相続放棄時の回収ステップ

分譲マンションの孤独死による特殊清掃費用負担の優先順位を示すフローチャート。故人の財産、相続人、相続財産清算人、そして管理組合の一時立て替えと、責任がどこに移行するかの流れと、それぞれの段階での注意点を簡潔に示し、管理組合が適切な対応を取るための指針を提供します。

※本コラムの内容は、当社が独自に調査・収集した情報に基づいて作成しています。無断での転載・引用・複製はご遠慮ください。内容のご利用をご希望の場合は、必ず事前にご連絡をお願いいたします。

分譲マンションの管理組合役員や区分所有者にとって、ある日突然発生しうる「孤独死」。悲しみに暮れる間もなく、異臭や衛生問題への対応、そして「特殊清掃費用は誰が払うのか?」という現実的な問題がのしかかります。特に、亡くなった区分所有者の相続人が見つからない、あるいは相続を放棄してしまった場合、費用負担の所在は極めて複雑になります。

この記事では、宅地建物取引士の知見を基に、区分所有マンションで孤独死が発生した際の特殊清掃費用の負担問題を法的な観点から解説します。結論から言えば、費用の支払い義務は第一に「相続人」にありますが、相続人がいない、または相続放棄した場合は、法的な手続きを経て故人の財産から支払いを求めることになります。その過程で管理組合が一時的に費用を立て替えるケースも考えられます。本記事を読めば、いざという時に管理組合が取るべき初動と、費用回収までの具体的なプロセスを理解できます。

目次

区分所有者の孤独死、特殊清掃費用は「相続人」が原則負担

区分所有マンションの一室で孤独死が発生した場合、その部屋の特殊清掃費用は、原則として故人(被相続人)の「相続人」が負担します。これは、故人が負っていた「原状回復義務」から生じる債務が、相続によって相続人に引き継がれるためです。

費用負担の優先順位フロー

費用負担の責任は、以下の優先順位で移っていきます。管理組合が直接的な支払い義務を負うのは、あくまで最終手段に近い位置づけです。

優先順位負担主体備考
第1順位故人(被相続人)故人の遺産(預貯金など)から支払われる。
第2順位相続人相続人が故人のプラスの財産(不動産、預金)とマイナスの財産(借金、債務)をすべて引き継ぐため、清掃費用も支払う義務を負う可能性があります。
第3順位相続財産
(相続財産清算人)
相続人全員が相続放棄した場合。家庭裁判所が選任した「相続財産清算人」が故人の財産を換価し、そこから支払うことが考えられます。
第4順位管理組合(一時立替)衛生上の問題から緊急対応が必要な場合、管理組合が一時的に費用を立て替えることがある。その後、第3順位の相続財産清算人に請求する。
特殊清掃費用の負担者と優先順位

法的根拠は民法と区分所有法

この負担関係の根拠は、主に民法と区分所有法にあります。

  • 民法:相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法第896条)。特殊清掃費用は、故人が負うべき原状回復義務から生じる「債務」と解釈され、これも相続の対象となります。
  • 区分所有法:区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならないと定められています(区分所有法第6条)。異臭や害虫の発生を放置することはこの「共同の利益に反する行為」に該当する可能性があり、管理組合はそれを是正するための措置を求めることができます。

背景知識:なぜ相続人が特殊清掃費用を払うのか?

次に、費用負担の根拠となる法律上の考え方や関連用語を整理し、理解を深めましょう。

故人の「原状回復義務」を相続人が承継する

人が亡くなった場合、その人の財産や権利、そして義務は相続人に引き継がれます。分譲マンションの一室で亡くなり、室内が汚損された場合、故人にはその部屋を元の状態に戻す「原状回復義務」から生じる債務があったと見なされます。

相続人が相続を「承認」すると、この原状回復義務という債務も引き継ぐことになります。そのため、特殊清掃にかかる費用を支払う責任を負う可能性があります。

特殊清掃費用は「相続債務」として扱われる

ここで、いくつか重要な用語を区別しておきましょう。

  • 特殊清掃:血液、体液、腐敗臭など、通常のハウスクリーニングでは除去できない汚染を、専門的な技術や薬剤を用いて除去・消臭する作業です。
  • 遺品整理:故人が残した家具や衣類などの家財道具を整理・処分する作業です。

この二つは別の作業であり、費用も別々に見積もられるのが一般的です。相続人が支払うべき「相続債務」には、特殊清掃費用だけでなく、遺品整理費用や未払いの管理費・修繕積立金なども含まれます。

賃貸物件の「連帯保証人」制度との違い

賃貸物件の場合、入居者が亡くなると連帯保証人が原状回復費用を支払うケースが多く見られます。しかし、分譲マンションの区分所有者には、通常、連帯保証人は存在しません。

したがって、賃貸物件と同じ感覚で「誰か保証してくれる人がいるはず」と考えてはいけません。責任の所在は、あくまで故人とその相続人にあると理解することが重要です。

手続・対応ステップ:相続放棄から費用回収までの流れ

最も複雑で管理組合を悩ませるのが、相続人全員が「相続放棄」をしたケースです。支払い義務者がいなくなった場合、管理組合はどう動き、費用を回収すればよいのでしょうか。

相続人全員が「相続放棄」した場合、管理組合はどうする?

相続放棄とは、相続人が家庭裁判所に申述することで、初めから相続人ではなかったことになる法的な手続きです。これにより、相続人はプラスの財産もマイナスの財産も一切引き継がなくなり、当然、特殊清掃費用の支払い義務も消滅します。

この状況で、管理組合が直面する課題は以下の通りです。

  • 衛生問題:異臭や害虫が共用部分や隣接住戸に広がり、他の居住者から苦情が殺到する。
  • 費用負担の宙吊り:支払い義務者がいないため、誰が費用を出すのか決まらない。

原則として、管理組合は「専有部分」である故人の部屋を清掃する法的な義務はありません。しかし、衛生上の問題が廊下やエレベーターといった「共用部分」にまで及ぶ場合、共同の利益を守るために行動を起こす必要が出てきます。

現実的な対応:管理組合による一時的な「立て替え」

このような場合、多くの管理組合が取る現実的な対応が、管理費や修繕積立金から一時的に特殊清掃費用を立て替えるという方法です。

これは法的な義務ではなく、あくまで他の居住者の生活環境を守るための緊急避難的な措置です。この立て替えを行う際は、必ず理事会での決議、場合によっては総会での承認を得て、議事録をしっかり残しておくことが不可欠です。

相続放棄された場合でも、管理組合が費用を回収する道は残されています。決して泣き寝入りする必要はありません。

【重要】立て替えた費用の回収方法:「相続財産清算人」への請求

相続人が全員放棄しても、故人の財産(不動産、預貯金など)が消えてなくなるわけではありません。この財産を管理・清算するために、家庭裁判所によって選任されるのが「相続財産清算人」です。

管理組合は、この相続財産清算人に対して、立て替えた特殊清掃費用を「債権」として請求することができます。相続財産清算人は、故人の部屋(不動産)を売却するなどして財産を現金化し、そこから管理組合を含む債権者に支払いを行います。

この一連の手続きの流れを図にまとめます。

ステップ内容主体備考
1相続放棄の申述相続人故人の死を知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所へ。
2相続財産清算人選任の申立て利害関係者(管理組合など)家庭裁判所へ申立て。申立てには予納金が必要になる場合がある。
3相続財産清算人の選任・公告家庭裁判所官報で債権者や相続人を捜す公告が行われる。
4債権の届出管理組合選任された清算人に対し、立て替えた特殊清掃費用の請求書や証拠(見積書・領収書)を提出する。
5財産の換価・支払い相続財産清算人故人の不動産売却などを行い、財産の中から債権者に支払いを行う。
相続放棄後の費用回収手続きの流れ

この手続きは専門的な知識を要するため、弁護士などの専門家に依頼するのが一般的です。

【FAQ】孤独死における特殊清掃費用のよくある質問

ここで、管理組合の役員からよく寄せられる質問にお答えします。

Q. 分譲マンションで孤独死が起きたら、特殊清掃費用は結局誰が払うのですか?

A. 支払い義務の優先順位は、①故人の財産、②相続人、の順です。相続人が全員相続放棄した場合は、法的手続きを経て、最終的に故人が残した財産(マンションの部屋を売却した代金など)から支払われることになります。管理組合が直接の支払い義務を負うことはありませんが、衛生上の問題から一時的に費用を立て替えることはあります。

Q. 管理組合が費用を立て替えた場合、必ず回収できますか?

A. 必ず回収できるとは限りません。「相続財産清算人」への請求は可能ですが、清算の対象となる故人の財産(不動産や預貯金)が全くない場合や、売却しても費用に満たない場合は、回収が困難になります。このリスクを理解しておくことが重要です。一般社団法人日本少額短期保険協会が2024年12月に発表した「第9回孤独死現状レポート」によると、孤独死による原状回復費用の平均損害額は約47万円とされています(出典:https://www.shougaku-tanki.jp/general/info/2024/news20241219.pdf)。

Q. 管理組合は、専有部分の清掃を断れますか?

A. 法的には、管理組合に専有部分の清掃義務はありません。しかし、異臭や害虫が共用部分にまで拡散し、他の居住者の「共同の利益」を害している状況を放置することはできません。そのため、現実的には、管理組合が主導して対応(費用の立替払いと事後請求)を検討せざるを得ないケースがほとんどです。

実務ヒント:管理組合が知るべき孤独死対応の注意点と備え

孤独死は法的な問題だけでなく、管理組合運営上の実務的な課題も多く発生します。ここでは、トラブルを避けるための注意点と、将来に備えるための対策をご紹介します。

NG行動:故人の部屋への無断立入と遺品の処分

たとえ善意からであっても、管理組合が故人の部屋に無断で立ち入ったり、遺品を処分したりすることは絶対に避けるべきです。これには2つの重大なリスクがあります。

  1. 法的なリスク:住居侵入罪や器物損壊罪に問われる可能性があります。
  2. 相続上のリスク:相続人が相続放棄を検討している場合、遺品を処分すると「相続を承認した(法定単純承認)」と見なされ、相続放棄ができなくなる可能性があります(民法第921条)。これにより、後々相続人から損害賠償を請求されるトラブルに発展しかねません。

部屋への立ち入りは、必ず警察や相続人の許可を得てから、複数人で行うようにしてください。また、施工前後の写真・動画を残し、領収書・契約書・理事会決議を保存しておくことが、後々の証拠として有効です。

NG行動:管理会社への過度な見積もり要求

緊急事態に際し、費用を比較検討するために複数の業者から見積もりを取りたいと考えるのは自然なことです。しかし、管理会社に対して「とにかく5社でも6社でも見積もりを取ってこい」といった過度な要求をすることは、現実的ではありません。

特殊清掃の見積もり取得は、管理会社の担当者が現地に何度も足を運び、専門業者と打ち合わせを重ねるなど、多大な労力がかかります。特に20戸~40戸程度の中小規模マンションの場合、過大な要求をする管理組合は、管理会社から敬遠され、非協力的な対応を招く原因になりかねません。管理会社側は、管理委託内容の精査や会計状況の確認、1棟全体の管理費の見積もり作成をするために、3~4回ほど現地調査を行い、清掃会社、EV点検、消防、警備など多岐にわたる外注先との打ち合わせや理事会メンバーとの面談を数回こなす必要があり、負担が大きいのです。

現実的な見積もり依頼は2~3社程度に絞るのが、管理会社との良好な関係を保ち、迅速な対応を引き出すための実務的な知恵と言えます。また、「一式」といった大雑把な見積もりではなく、作業内容が明記された詳細な見積もりを提出するよう依頼しましょう。

将来のリスクに備える管理組合の対策

いざという時の経済的負担や混乱を軽減するため、平時から備えておくことも重要です。

  • 管理組合向け「事故対応費用保険」の活用
    近年、孤独死発生時の特殊清掃費用や遺品整理費用を補償してくれる管理組合向けの保険商品が登場しています。このような保険に加入しておくことで、相続人がいない場合でも、組合の財産から多額の費用を支出するリスクを大幅に軽減できます。加入時には補償範囲、保険料、特約の有無を確認し、特殊清掃費用を補償する特約がない場合は追加を検討してください。
  • 管理規約に孤独死発生時の対応方針を明記する
    国土交通省が公表している「マンション標準管理規約」を参考に、孤独死など緊急時の対応について規約に定めておくことも有効です。例えば、以下のような条項を追記することが考えられます。
(記載例)
第XX条(緊急時の対応)
専有部分において、火災、漏水、孤独死その他の事由により、他の居住者の生命、身体又は財産に著しい損害を及ぼすおそれが生じた場合、理事長は、理事会の承認を得て、当該専有部分の保全及び被害拡大防止のために必要な範囲で、緊急の措置を講じることができる。これに要した費用は、原因となった区分所有者又はその相続人が負担するものとする。

このような規定を設けることで、組合が費用を立て替える際の根拠が明確になり、総会での合意形成もスムーズに進められます。ただし、管理規約の制定や改正は区分所有法第39条に基づく普通決議の原則に従い、管理規約に特別の定めがある場合はそれに従う点に留意してください。

まとめ:複雑な費用負担問題は専門家への相談が解決の鍵

分譲マンションで発生した孤独死の特殊清掃費用負担問題について、重要なポイントを改めて整理します。

  1. 原則は相続人負担:特殊清掃費用は、故人の原状回復義務を引き継いだ相続人が支払うのが大原則です。
  2. 相続放棄時の対応:相続人全員が相続放棄した場合、管理組合は緊急対応として費用を一時的に立て替え、その後「相続財産清算人」に請求することで回収を目指します。
  3. 回収リスクの存在:故人に資産が全くない場合、立て替えた費用を回収できないリスクもあります。
  4. 平時からの備えが重要:管理組合向けの保険加入や管理規約の見直しによって、万が一の事態に備えることが可能です。

結論として、区分所有者の孤独死は、管理組合にとって非常に複雑で対応が難しい問題です。特に相続放棄が絡むケースでは、法的な手続きが必要不可欠となります。対応に迷った際は、自己判断で動くのではなく、速やかに以下の専門家に相談することが、トラブルを最小限に抑え、組合の財産を守るための最善策です。

  • 弁護士:相続放棄の確認、相続財産清算人の選任申立て、費用回収の法的手続き
  • マンション管理士・管理会社:共有部分の対応、見積もり取得の協力、管理規約の見直し
  • 管理組合総会(理事会):対応方針の決定、費用立て替えの承認

免責事項

本記事は、分譲マンションにおける孤独死発生時の費用負担に関する一般的な情報を提供するものであり、特定の事案に対する法的な助言を目的としたものではありません。個別の状況に応じた具体的な対応については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。また、法令や制度は改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認いただくとともに、個別のマンション管理規約の定めが最優先される点にご留意ください。本記事は2025年12月23日時点の情報に基づいていますが、法令改正や新たなガイドライン等が公表される可能性があるため、常に最新の情報をご確認ください。

参考資料

  • 国土交通省「相続人不在・相続放棄となった住戸における管理組合としての対応について」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001352624.pdf
  • 国土交通省「マンション標準管理規約について」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000058.html
  • 裁判所「相続の放棄の申述」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
  • 裁判所「相続財産清算人の選任」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_14/index.html
  • 一般社団法人日本少額短期保険協会「第9回孤独死現状レポート」(2024年)https://www.shougaku-tanki.jp/general/info/2024/news20241219.pdf
  • e-Gov法令検索「民法」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
  • e-Gov法令検索「建物の区分所有等に関する法律」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069

島 洋祐

保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。

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この記事を書いた人

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