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マンションのポストに「管理費等改定(値上げ)のお知らせ」という書類が届き、驚いている方も多いのではないでしょうか。家計に直結する問題だけに、「なぜ今値上げなの?」「この金額は妥当?」「受け入れるしかないの?」といった疑問や不安がよぎるのも当然です。
しかし、管理費の値上げは、管理会社の一存で決まるものではありません。そこには、社会経済的な背景と、区分所有者自身が最終決定権を持つ法的な意思決定プロセスが存在します。
この記事では、宅地建物取引士の視点から、マンション管理費が値上がりする構造的な理由、値上げ案の妥当性を判断するためのチェックリスト、そして区分所有者として取るべき具体的なアクションまでを、国土交通省の統計や法律の条文といった一次情報に基づいて徹底的に解説します。管理会社の提案を鵜呑みにせず、ご自身の資産価値を守るための知識と判断基準を身につけましょう。
背景1:管理人・清掃員の人件費高騰【最重要因】

管理費の支出で大きな割合を占めるのが、管理人や清掃員の「人件費」です。近年、最低賃金は全国的に上昇を続けており、人材確保のためのコストが増大しています。特にマンション管理業界は人材不足が深刻化しており、質の高いスタッフを確保・維持するために人件費の値上げが避けられない状況です。(出典:厚生労働省「地域別最低賃金額改定状況」)
背景2:共用部の電気代や資材費の上昇

エントランスの照明、エレベーターの動力、水道ポンプなど、マンション共用部では多くの光熱費が発生します。近年のエネルギー価格や物価の高騰はこれらのコストを直撃し、管理組合の会計を圧迫する大きな要因となっています。(出典:資源エネルギー庁「電気料金の推移について」)
背景3:協力会社からの値上げ要請

エレベーターの保守点検、消防設備の法定点検、機械式駐車場のメンテナンスなど、多くの専門業務は管理会社から外部の協力会社へ再委託されています。これらの協力会社からも、人件費や部品代の高騰を理由とした値上げ要請が相次いでおり、これが管理委託費全体を押し上げる要因となっています。
国土交通省のデータで見る管理費の現状

実際に、国土交通省の調査でも管理費は上昇傾向にあります。5年に一度実施される「マンション総合調査」によると、マンション管理費の1戸あたりの月額平均は以下の通りです。
調査年度 | 管理費(月額/戸) |
---|---|
平成30年度 | 15,956円 |
令和5年度 | 16,213円 |
このように、管理費の値上げは個別のマンションの問題だけでなく、日本社会全体が抱える経済的な課題が反映された結果でもあるのです。
あなたのマンションの管理費は大丈夫?妥当性を知るための内訳とチェックリスト
値上げの背景を理解した上で、次に知るべきは「自分たちのマンションの値上げ案は妥当なのか?」という点です。そのためには、管理費の内訳を正しく理解する必要があります。
「管理費」と「管理委託費」の違いとは?

まず、混同しやすい2つの用語を整理しましょう。
- 管理費:区分所有者が、日常のマンション管理のために管理組合へ支払うお金です。共用部の清掃、管理人業務、光熱費、小規模な修繕などに使われます。
- 管理委託費:管理組合が、専門的な管理業務を管理会社へ支払うお金のことです。管理委託費は、私たちが支払った「管理費」の中から支出されます。
つまり、値上げの議論で中心となるのは、管理費全体の中でも特に大きな割合を占める「管理委託費」の内訳なのです。
【要確認】管理会社の請求書・見積書チェックリスト
管理会社から値上げの根拠として提示された見積書を鵜呑みにせず、以下のポイントを理事会などを通じて確認しましょう。これは、区分所有者としての正当な権利です。
チェック項目 | 確認するポイント |
---|---|
①「一式」表記の有無 | 「清掃業務費 一式 〇〇円」のような曖昧な表記がないか。業務内容(頻度、時間、人数など)と単価が明記されているか。 |
②業務範囲の具体性 | 現在の管理委託契約書と比較して、業務内容や仕様(例:清掃の回数、点検の項目)が同じか、または変更されているか。 |
③人件費の根拠 | 管理人や清掃員の時給、労働時間、社会保険料の負担など、人件費上昇の具体的な計算根拠が示されているか。 |
④再委託費の妥当性 | エレベーター点検など、外部業者への再委託費に管理会社のマージンが過剰に乗せられていないか。相見積もりの提示は可能か。 |
⑤複数年契約の割引 | 契約期間を複数年にすることで、単年度契約よりも割引が適用される提案はないか。 |
これらの点を不明瞭なままにせず、理事会に質問したり、総会で議題に上げてもらうよう働きかけることが、適正な管理費への第一歩となります。
値上げが決まる仕組み|最終決定権は管理会社ではなく「管理組合の総会」にある
管理会社から値上げを提案されると、一方的に決定されたかのように感じてしまうかもしれません。しかし、法的な決定権は管理会社にはありません。
マンション管理費の値上げを最終的に決定するのは、管理会社ではなく、区分所有者で構成される「管理組合の総会」です。
この最も重要な原則を、法律と標準的なルールに基づいて解説します。
法的根拠:管理費の変更は「普通決議」で決まる(区分所有法)

マンションに関する基本的な法律である「建物の区分所有等に関する法律」(通称:区分所有法)では、集会の議事は、原則として区分所有者及び議決権の各過半数で決すると定められています。これを「普通決議」と呼びます。
(集会の議事)
第三十九条 集会の議事は、この法律又は規約に別段の定めがない限り、区分所有者及び議決権の各過半数で決する。
(出典:建物の区分所有等に関する法律)
管理費の金額設定や変更は、この普通決議事項にあたります。つまり、総会に出席した区分所有者(委任状・議決権行使書を含む)の過半数が賛成しない限り、管理費の値上げは可決されないのです。
【重要】 ただし、あなたのマンションの管理規約に「管理費の変更には議決権の3分の2以上の賛成を要する」などの別段の定めがある場合は、その規約の要件が法律に優先して適用されます。必ずご自身のマンションの管理規約を確認してください。
値上げの決定プロセス

一般的な値上げの決定プロセスは以下のようになります。
- 管理会社から理事会へ値上げ提案:社会情勢などを踏まえ、管理会社が理事会に対して管理委託費の値上げを打診します。
- 理事会での審議:理事会は提案内容を精査し、妥当性を検討します。必要であれば、管理会社に詳細な根拠資料を要求したり、交渉を行います。
- 総会議案の上程:理事会が値上げ案を妥当と判断した場合、総会に「管理費改定の件」として議案を上程します。
- 総会での審議・決議:総会で、全区分所有者に対して値上げの理由や内容が説明され、質疑応答が行われます。その後、採決が行われ、普通決議(または規約で定められた決議)で可否が決定されます。
この流れを理解し、自分がどの段階で関与できるかを知っておくことが重要です。
値上げ通知が届いたら?区分所有者ができる具体的アクション4ステップ
実際に値上げの議案が総会に上程される、またはその事前通知が届いた場合、区分所有者として具体的に何をすべきでしょうか。慌てずに、以下の4つのステップで対応しましょう。
ステップ1:情報収集|管理規約と総会議案書を確認する

まずは手元にある重要書類を確認します。
- 管理規約:管理費の使途や、総会の決議要件が定められています。値上げのプロセスが規約に則っているか確認します。
- 総会議案書:値上げの理由、改定額、内訳などが記載されています。不明な点や根拠が不十分な点を洗い出します。
ステップ2:妥当性の検証|理事会を通じて根拠資料を請求する

総会の議案書だけでは情報が不十分な場合、理事会を通じて管理会社に詳細な根拠資料の提出を求めましょう。国土交通省の「マンション標準管理規約」では、区分所有者に会計帳簿等の閲覧権が認められています(第64条)。
- 値上げ対象となる費目の詳細な見積書
- 人件費や光熱費の単価の変動を示す資料
- 現在の管理仕様と新しい管理仕様の比較表
ステップ3:意思表示|総会で質問・意見表明する(質問例あり)

総会は、区分所有者の意思を示す最も重要な場です。ただ賛否を投じるだけでなく、積極的に質問や意見を述べましょう。事前に質問内容をまとめておくとスムーズです。
【総会での質問・確認事項の例】
- 「値上げ幅の具体的な根拠は何ですか?人件費、光熱費など、費目ごとの上昇額を教えてください。」
- 「管理業務の仕様(清掃回数、管理人常駐時間など)を見直すことで、値上げ幅を抑制することは検討されましたか?」
- 「他の管理会社と比較した場合、今回の提案額はどの水準にありますか?相見積もりは取得しましたか?」
- 「この値上げによって、私たちのマンションの管理の質は具体的にどう向上するのですか?」
ステップ4:代替案の検討|理事会への働きかけ

単に値上げに反対するだけでなく、建設的な代替案を提示することも重要です。
- 管理仕様の見直し:管理人の勤務時間を短縮する、一部清掃を組合員で分担するなど、コスト削減につながる提案を検討する。
- 管理会社の見直し:現在の管理内容やコストに大きな不満がある場合、他の管理会社から相見積もりを取得し、管理会社の変更を検討することも最終的な選択肢の一つです。
値上げ案を精査する「相見積もり」の正しい進め方と注意点
値上げ案の妥当性を客観的に判断する最も有効な手段が「相見積もり」です。しかし、やみくもに進めるとかえって失敗するリスクもあります。正しい進め方と注意点を押さえましょう。
なぜ相見積もりが必要なのか?

相見積もりを取得する目的は、単に安い管理会社を探すことだけではありません。
- 価格の妥当性評価:現在の管理委託費や値上げ提案額が、市場価格と比較して適正か判断できます。
- 管理仕様の再評価:他社の提案を見ることで、現在の管理内容に無駄がないか、逆にもっと充実させるべき点はないか、見直すきっかけになります。
- 現管理会社への交渉材料:他社の見積もりを基に、現管理会社と価格やサービスの交渉を有利に進められる可能性があります。
【推奨】客観比較できる「マンション管理業務共通見積書式」を使おう

各社がバラバラの書式で見積もりを提出すると、項目や前提条件が異なり、正確な比較が困難です。そこで、業界団体などが公開している「共通見積書式」の利用を推奨します。この書式を使えば、全社に同じ条件で見積もりを依頼できるため、どの業務にいくらかかるのかを客観的に比較・検討することが可能になります。
注意点:過度な相見積もり要求は敬遠されるリスクも

ここで重要な注意点があります。管理費を下げたい一心で、多数の管理会社に相見積もりを依頼するのは得策ではありません。
管理会社にとって、一つのマンションの見積もりを作成するには、複数回の現地調査、清掃・設備点検・警備など多くの協力会社との調整、理事会との面談などを重ねるため、非常に大きな時間と労力がかかります。
そのため、5社も6社も相見積もりを依頼する管理組合は「契約する気のない冷やかし」と見なされ、質の高い提案を持つ優良な管理会社から敬遠されてしまうリスクがあります。
相見積もりを依頼する際は、事前に候補を2~3社に絞り込み、誠実な姿勢で対応することが、結果的により良い提案を引き出すための鍵となります。
よくある質問(FAQ)
マンション管理費の値上げに関して、よく寄せられる質問にお答えします。
Q1. 管理費と修繕積立金は何が違うの?

A1. 目的と会計が全く異なります。
- 管理費:日常的な清掃、管理人業務、共用部の光熱費など、「日常の維持管理」に使われるお金です。
- 修繕積立金:10数年ごとに行う外壁塗装や屋上防水など、「計画的な大規模修繕」のために積み立てるお金です。
国土交通省の「マンション標準管理規約」では、この2つは会計を明確に分けて管理し、相互に流用してはならないと定められています。
(使途)
第二十九条 管理費は、次の各号に掲げる通常の管理に要する経費に充当する。(中略)
(コメント)
② 管理費と修繕積立金は、それぞれ別個の会計として経理し、相互に流用してはならない。
(出典:マンション標準管理規約(単棟型)令和3年6月22日改正、国土交通省)
管理費が足りないからといって安易に修繕積立金を取り崩すことは、将来の資産価値を大きく損なう危険な行為です。
Q2. 管理費の値上げは一方的に拒否できる?

A2. 総会で反対の意思表示をする必要があります。
個々の区分所有者が個人的に「私は払わない」と支払いを拒否することはできません。管理費の支払いは区分所有者の義務です。値上げに反対する場合は、必ず総会に出席(または委任状・議決権行使書を提出)し、反対票を投じる必要があります。
総会で値上げ議案が否決されれば、値上げは実施されません。もし可決された場合は、反対した人も含め、全区分所有者が改定後の管理費を支払う義務を負います。
Q3. 区分所有法の改正で何か変わるの?

A3. 2024年の通常国会で区分所有法改正案が成立・公布されましたが、2025年10月20日時点ではまだ施行されていません。施行日は「公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日」と定められているため、現時点では、本記事で解説した現行法が適用されます。
不正確な情報に惑わされず、法務省や国土交通省など、公的機関からの正式な発表を確認するようにしてください。
まとめ:主体的な関与がマンションの資産価値を守る第一歩
マンション管理費の値上げは、多くの区分所有者にとって望ましいものではありません。しかし、その背景には人件費や物価の高騰といった、避けることの難しい社会経済的な要因が存在します。
重要なのは、値上げの提案を感情的に拒絶するのではなく、その内容を冷静に分析し、法的なプロセスに則って意思表示をすることです。
- 値上げの構造的背景を理解する
- 管理費の内訳と見積書の妥当性をチェックする
- 最終決定権は管理組合の「総会」にあることを認識する
- 総会で積極的に質問・意見表明し、意思決定に参加する
管理を管理会社に「おまかせ」にするのではなく、区分所有者一人ひとりが主体的に関与していくこと。それこそが、不要なコストを削減し、マンションの管理の質を維持・向上させ、ひいては大切な資産価値を守るための最も確実な方法なのです。
参考資料
- 建物の区分所有等に関する法律(e-Gov法令検索)
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069 - 国土交通省, マンション標準管理規約(単棟型)(令和3年6月22日改正)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000058.html - 国土交通省, 令和5年度マンション総合調査結果
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000088.html - 厚生労働省, 地域別最低賃金額改定状況
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/ - 資源エネルギー庁, 電気料金の推移について
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/denkigasuryokin.html - 法務省, 区分所有法制の改正(令和6年法律第●●号)について
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00028.html
免責事項
本記事は、2025年10月20日時点の情報に基づき、不動産管理に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、特定の個人や団体、個別案件に対する法的助言を意図したものではありません。実際の意思決定にあたっては、ご自身のマンションの管理規約や契約書を最優先とし、必要に応じて弁護士やマンション管理士などの専門家にご相談ください。法令や制度は改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認ください。
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。