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マンションの給水管から赤水が出たり、水の出が悪くなったりしていませんか?あるいは、下の階への漏水事故が発生し、緊急の対応に追われているかもしれません。築年数が経過したマンションでは、給水管の劣化は避けて通れない問題です。この重大な問題に直面したとき、管理組合の理事として知っておくべき選択肢が「給水管 更新工事」と「給水管 更生工事」です。
これらは単なる工法の違いではありません。費用、耐用年数、工事中の住民への影響、そして何よりマンションの資産価値や長期修繕計画にまで大きく関わる重要な経営判断です。しかし、専門的な内容が多く、どちらを選べば良いのか、どうやって住民の合意を得れば良いのか、悩まれている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、宅地建物取引士の知見を活かし、マンション管理組合の理事が知るべき給水管工事の全てを解説します。「更新」と「更生」の基本的な違いから、メリット・デメリット、修繕積立金への影響、法的な決議要件、そして失敗しない業者選定のポイントまで、一次情報に基づき網羅的に説明します。この記事を読めば、理事会で自信を持って議論を進め、住民に分かりやすく説明するための知識が身につきます。
マンション給水管工事、待ったなしの現実とは?
多くのマンションで、給水管の問題は静かに、しかし確実に進行しています。管理組合の理事として、その兆候を見逃し、対応が後手に回ることは避けなければなりません。
赤水、漏水、悪臭…放置が招く深刻なリスク

給水管の劣化が引き起こす問題は、単なる不便さにとどまりません。
- 赤水・異臭:配管内部の錆が水に溶け出し、赤茶色の水や金属臭が発生します。健康への影響も懸念されます。
- 水量の低下:錆やスケール(水垢)が管内に付着し、水の通り道を狭めることで、シャワーの勢いが弱くなるなどの問題が生じます。
- 漏水事故:最も深刻なリスクです。配管に穴が開き、自室だけでなく階下の住戸にまで被害が及ぶと、多額の損害賠償問題に発展する可能性があります。
これらの問題は、住民の生活の質を著しく低下させるだけでなく、マンション全体の資産価値を大きく損なう原因となります。
「更新」か「更生」か、それが問題だ

劣化した給水管への対策は、大きく分けて2つの方法があります。
- 更新工事:古い配管をすべて撤去し、新しい配管に丸ごと取り替える方法。
- 更生工事:既存の配管はそのままに、内部を洗浄・研磨し、樹脂などでコーティングして再生する方法。
どちらの工法を選ぶかによって、費用、工期、そして将来の安心感が大きく変わります。これは、マンションの将来を左右する重要な経営判断なのです。
給水管工事の「更新」と「更生」とは?基本を徹底比較
まず、2つの工法の基本的な違いを正確に理解しましょう。それぞれの定義と特徴を把握することが、適切な選択への第一歩です。
更新工事:配管を丸ごと新品に取り替える
更新工事とは、その名の通り、劣化した既存の給水管を物理的に撤去し、全く新しい配管を設置する工事です。根本的な問題解決であり、配管設備を一新することで、長期的な安心を手に入れることができます。
更生工事(ライニング工事):既存配管を内側から蘇らせる
更生工事とは、既存の配管を活かし、その内側を綺麗にして延命させる工事です。一般的には、管内の錆や汚れを研磨して除去した後、エポキシ樹脂などを流し込んで新たな保護膜(ライニング)を形成します。このため「ライニング工事」とも呼ばれます。
【早見表】更新 vs 更生|費用・耐用年数・生活への影響
2つの工法の特徴を、管理組合の意思決定に重要な項目で比較してみましょう。
| 項目 | 更新工事 | 更生工事(ライニング工事) |
|---|---|---|
| 工法概要 | 既存配管を撤去し、新品に交換 | 既存配管の内部を洗浄・コーティング |
| 期待耐用年数 | 30年以上 | 10年~15年程度(既存管の劣化状況による) |
| 費用感 | 比較的高額 | 比較的低額 |
| 工事期間 | 長期(数ヶ月単位) | 短期(数週間単位) |
| 生活への影響 | 大きい(断水期間が長く、専有部への立ち入りも多い) | 比較的小さい(計画的な短時間断水が中心) |
| 会計処理 | 資本的支出と見なされる傾向 | 修繕費と見なされる傾向 |
| 資産価値への影響 | 向上する | 維持・回復 |
| 適用条件 | 特になし | 配管の劣化が著しい場合は適用不可 |
メリット・デメリットを深掘り!あなたのマンションに合うのはどっち?
比較表の項目をさらに詳しく見ていきましょう。それぞれの工法が持つメリットとデメリットを理解することで、ご自身のマンションの状況に最適な選択肢が見えてきます。
更新工事のメリット・デメリット

- メリット
- 根本的な問題解決:配管が新品になるため、漏水や赤水のリスクが抜本的に解消されます。
- 長期的な安心感:期待耐用年数が30年以上と長く、将来の修繕計画が立てやすくなります。
- 資産価値の向上:設備の刷新は、マンションの資産価値を明確に向上させる要因となります。
- デメリット
- 高額な費用:工事費用が更生工事に比べて高額になり、修繕積立金に大きな影響を与えます。
- 長い工期と住民負担:工事期間が長く、壁や床を壊す作業も伴うため、騒音や断水、専有部への立ち入りなど、住民の生活への影響が大きくなります。
更生工事のメリット・デメリット

- メリット
- 費用の抑制:既存の配管を利用するため、更新工事に比べて費用を大幅に抑えることが可能です。
- 短い工期と少ない負担:大掛かりな解体作業が不要なため、工期が短く、住民の生活への影響も比較的小さく済みます。
- デメリット
- 適用できないケースがある:配管の劣化や腐食が著しい場合、そもそも更生工事自体が不可能な場合があります。
- 品質確認の難しさ:工事が配管の内部で行われるため、施工が確実に行われたかを外部から完全に確認・検証するのは困難です。
- あくまで延命措置:配管そのものが新しくなるわけではないため、10年~15年後には再び更新工事の検討が必要になるなど、将来的なリスクは残ります。その際には改めて劣化診断が必要です。
工事中の断水は?生活への影響を具体的にシミュレーション
住民にとって最も気になるのが、工事中の生活への影響です。
- 更新工事の場合:各住戸の配管を交換するため、1住戸あたり数日間連続して断水することがあります。また、作業員が何度も専有部に立ち入る必要があります。
- 更生工事の場合:1日のうち数時間程度の計画的な断水で済むことが多く、住民の負担は比較的小さく済みます。
どちらの工法を選ぶにせよ、工事スケジュールや生活上の注意点を事前に住民へ丁寧に説明し、理解と協力を得ることが不可欠です。
長期修繕計画と修繕積立金への影響
給水管工事は、マンションの財務計画、特に長期修繕計画と修繕積立金に大きな影響を与えます。会計上の扱いの違いを理解することが重要です。
更新工事は「資本的支出」、更生工事は「修繕費」として扱われる傾向

会計上、この2つの工事は異なる性質を持つものとして扱われる傾向があります。
- 更新工事:設備の価値を高め、耐久性を増すための支出と見なされ、一般的に「資本的支出」に分類されます。これはマンションという資産の価値を向上させる投資であり、会計上は資産として計上され、減価償却を通じて複数年にわたって費用化されることがあります。
- 更生工事:設備の機能を当初の状態に回復させるための支出と見なされ、一般的に「修繕費」に分類されます。これは現状維持のためのコストであり、発生した年度に一括で費用として処理されるのが一般的です。
ただし、最終的な会計上の分類は、管理組合の会計規則および税務申告上の取扱いによって判断されます。詳細は必ず管理組合で契約している税理士または公認会計士にご確認ください。
給水管工事が修繕積立金計画を揺るがす理由

給水管工事は数千万円単位の費用がかかる大規模なプロジェクトです。特に、資産価値向上を伴う更新工事を選択した場合、長期修繕計画で想定していた金額を大幅に上回る可能性があります。
もし計画に見合わない高額な工事を行えば、修繕積立金が枯渇し、将来予定していた他の修繕(外壁、屋上防水など)が実施できなくなるリスクがあります。
資金不足を防ぐための計画見直しのポイント

国土交通省の「長期修繕計画作成ガイドライン」でも、計画的な修繕の重要性が示されています。資金不足に陥らないためには、以下の点がポイントになります。
- 現状の正確な把握:専門家による劣化診断を行い、工事の緊急度と最適な工法を見極める。
- 計画の見直し:工事費用が計画額を上回る場合、修繕積立金の月額料金の値上げや、工事費用の一部を一時金として徴収することを検討する。
- 住民への丁寧な説明:なぜこの工事が必要で、なぜ費用がこれだけかかるのか、データを基に住民へ説明し、将来のための投資であることの理解を求める。
【最重要】合意形成の進め方と法的な決議要件
給水管工事を進める上で最大のハードルが、住民の合意形成です。そのためには、法的な手続きと費用負担の範囲を正確に理解しておく必要があります。
どこまでが組合負担?共用部と専有部の範囲を確認しよう

はじめに:本記事の区分は一般的な説明です。貴マンションの具体的な範囲は、必ず管理規約で確認してください。規約に別段の定めがある場合、その定めが優先されます。
マンションの配管は、共用部と専有部に分かれています。
- 共用部:区分所有者全員で共有する部分。一般的に、建物の床や壁を縦に貫く「縦管」などが該当します。この部分の工事費用は、原則として管理組合が修繕積立金から負担します。
- 専有部:各住戸の所有者が単独で所有する部分。一般的に、共用部の縦管から分岐し、各住戸のメーターを通ってキッチンや浴室の蛇口に至る「横枝管」などが該当します。この部分の費用は、原則として各区分所有者が自己負担します。
ただし近年、共用部と構造上一体の専有部配管について、管理規約を改正し、総会の特別決議を経て修繕積立金から一体的に工事費用を支出する事例も見られます。
工事内容で変わる!普通決議と特別決議の違いとは?
共用部の給水管工事を行うには、建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)に基づき、総会での決議が必要です。工事の内容が「管理行為」(同法第17条)にあたるか、「変更行為」(同法第18条第1項)にあたるかによって、必要な決議のハードルが異なります。
| 工事区分 | 内容の例 | 必要な決議(区分所有法・原則) | 標準管理規약での一般的な定め |
|---|---|---|---|
| 管理行為 (軽微な変更) | ・更生工事 ・既存の配管と同等の性能のものへの更新工事 | 普通決議 (区分所有者数 および 議決権の各過半数) (区分所有法第17条) | 総会に出席した組合員の議決権の過半数 |
| 変更行為 (重大な変更) | ・配管の材質を変えるなど、性能を著しく向上させる更新工事 ・工事費用が著しく高額になる場合 | 特別決議 (区分所有者数 および 議決権の各4分の3以上) (区分所有法第18条第1項) | (原則通り) |
ここで非常に重要な点が2つあります。
- 多くのマンションの管理規約は、国土交通省の「マンション標準管理規約」に準拠しており、普通決議の要件を「総会に出席した組合員の議決権の過半数」と定めている場合があります。これは、区分所有法が定める「全組合員の過半数」という原則よりも要件が緩和されています。
- 法律の原則よりも、管理規約に別段の定めがある場合は、その規約が優先されます。
したがって、総会を開催する前に、必ずご自身のマンションの管理規約で定められた決議要件を確認することが不可欠です。
住民合意を円滑に進めるための5ステップ

法的な要件を満たすだけでなく、住民の納得感を得るためには、段階的で透明性の高いプロセスが重要です。
- 【Step1】専門家による劣化調査診断:客観的なデータに基づき、問題の深刻度を全住民で共有します。
- 【Step2】複数案の提示:「更新」と「更生」の両方の選択肢について、費用やメリット・デメリットを比較した資料を作成し、提示します。
- 【Step3】アンケートの実施:住民説明会を開催し、アンケート等で住民の意向や不安な点を吸い上げます。
- 【Step4】理事会での方針決定:調査結果と住民の意向を踏まえ、理事会として総会に提案する工事計画(工法、予算、スケジュール)を決定します。
- 【Step5】総会での決議:最終的な意思決定の場として総会を開催し、工事の実施と費用負担について決議を求めます。
失敗しない業者選定|「相見積もりは2〜3社」が現実的なワケ
工事の品質とコストを左右する重要なプロセスが業者選定です。透明性を確保しつつ、効率的に最適なパートナーを見つけるためのポイントを解説します。
まずは「設計図書・仕様書」の作成から

複数の業者から見積もりを取る前に、必ずやるべきことがあります。それは、工事の範囲や内容、使用する材料などを定めた「設計図書」や「仕様書」を作成することです。
これがないまま見積もりを依頼すると、各社がバラバラの前提で金額を算出するため、価格の妥当性を比較できません。「一式」といった曖昧な見積もりは避け、詳細な内訳を提示してもらうためにも、比較の土台となる仕様書が不可欠です。
なぜ5社以上の相見積もりは敬遠されるのか?
「透明性のためには、できるだけ多くの業者から相見積もりを取るべきだ」という考え方もありますが、実務上は必ずしも得策ではありません。現実的なのは2〜3社程度です。
その理由は、業者側の負担にあります。
- 管理会社・コンサルタントの負担:詳細な見積もりを作成するには、現地調査や図面の確認、関係各所との調整など、多大な労力がかかります。
- 施工業者の負担:施工業者にとっても、正確な見積もり作成はコストのかかる作業です。受注できる確率が低い(競合が多すぎる)案件には、本腰を入れた提案をしにくいのが実情です。特に20戸~40戸程度の小規模なマンションでは、過度な相見積もり依頼は業者から敬遠される可能性すらあります。
結果的に、過度な相見積もりは、かえって質の低い提案や内訳が不明瞭な見積もりしか集まらないリスクがあることを理解しておくべきです。
信頼できる業者を見極めるチェックリスト

候補となる業者を2〜3社に絞り込んだら、以下の点で比較検討しましょう。
- □ 実績:自分たちのマンションと同規模・同程度の築年数の物件での施工実績があるか。
- □ 資格・許認可:自治体の指定給水装置工事事業者であるか(※各都道府県・市区町村の水道局で確認可能)。給水装置工事主任技術者などの有資格者が在籍しているか。
- □ 提案内容:見積もりの内訳が詳細で分かりやすいか。工事中の断水計画や住民への配慮など、具体的な提案があるか。
- □ 保証・アフターサービス:工事後の保証期間や定期点検の内容が明確か。
- □ コミュニケーション:質問に対する回答が迅速かつ丁寧か。専門用語を使わず、分かりやすく説明してくれるか。
活用できる?国や自治体の補助金・助成金制度
残念ながら、給水管の更新工事そのものを対象とした国の直接的な補助金制度は、現状では限定的です。
ただし、地方自治体によっては、耐震改修工事や省エネ改修工事などと一体で実施する場合に、設備改修費用の一部を助成する制度を設けていることがあります。
大規模修繕の一環として給水管工事を検討している場合は、工事計画の初期段階で、お住まいの市区町村の建築・住宅担当部署や水道局に相談してみることをお勧めします。一部の自治体では老朽化した給水管の更新に関する無料の技術相談窓口を設けている場合もあります。
まとめ:状況別・給水管工事の判断基準
ここまで見てきたように、給水管工事における「更新」と「更生」の選択は、多くの要素を総合的に判断する必要があります。最後に、状況別の判断基準をまとめます。
- 「更新工事」を軸に検討すべきケース
- 専門家の劣化診断で、配管の寿命が尽きかけていると判断された場合。
- 漏水事故が頻発しているなど、問題が深刻化している場合。
- 修繕積立金に十分な余裕があり、長期的な視点でマンションの資産価値を大きく向上させたい場合。
- 「更生工事」が選択肢となりうるケース
- 劣化が比較的軽微で、診断の結果、更生工事で十分な延命効果が見込めると判断された場合。
- 修繕積立金に余裕がなく、当面のコストを抑えることを優先したい場合。
- 工事期間を短縮し、住民の生活への影響を最小限にしたい場合。
どちらの道を選ぶにしても、最も重要なことがあります。それは、すべての意思決定は、第三者の専門家による客観的で正確な「劣化診断」から始めるべきだということです。感情論や不確かな情報で判断するのではなく、科学的なデータに基づいて、ご自身のマンションにとって最適な未来を選択してください。
本記事は、不動産取引に関する一般的な情報提供を目的として作成されており、特定の個人や法人に対する法的・税務的・投資的な助言や勧誘を意図するものではありません。記載された情報は、2025年11月10日時点の法令や情報に基づいていますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。
実際の意思決定にあたっては、必ず最新の法令や個別の契約内容をご確認の上、必要に応じて上記の専門家にご相談ください。本記事の情報を用いて行われたいかなる行為についても、執筆者および運営者は一切の責任を負いません。
参考資料
- e-Gov法令検索, 建物の区分所有等に関する法律(昭和三十七年法律第六十九号), https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=337AC0000000069
- 国土交通省, 長期修繕計画作成ガイドライン, https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000022.html
島 洋祐
保有資格:(宅地建物取引士)不動産業界歴22年、2014年より不動産会社を経営。2023年渋谷区分譲マンション理事長。売買・管理・工事の一通りの流れを経験し、自社でも1棟マンション、アパートをリノベーションし売却、保有・運用を行う。
